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聖女襲撃事件

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転移した先は王城のアルの執務室だった。セシリアとしては何度も来ているのだけれど、その場にいるルーク補佐官や、他の人たちのあまりにも緊張した面持ちに、今回ばかりはいつもと違うものを感じていた。なにか余程重大な事件が起こったに違いない。いつもは冷静沈着なアルが、人目があるのにも関わらず私の本当の名前を呼んでしまう程の事件が・・・。

私はクラマの時の格好で執務室にアルと一緒にいるので、執務室を訪れる人すべてがチラッとこっちのほうを見ては、私と目が合うと目を逸らす。だんだん居たたまれなくなってきた頃には、皆の会話でいったい何が起きたのか大体分かってきた。

執務室にユーリとクラウス騎士団総長、リュースイ宰相が集まるとすぐに、ルーク補佐官が部屋に結界魔法をかけて会議が始まった。会議にはそもそも向いていない部屋なのだが、私がいまだにクラマの姿なので急きょ執務室で行われることになった。

「大神殿にいる聖女ユイカが襲撃された。襲撃者は2名でユイカは重傷、聖女を守ろうとした神官3名が犠牲になった。その他の怪我人を含めるとかなりの数になる」

話を総合すると本日1刻前、突然厳重に掛けられていた結界魔法を破って、大神官セイアレスの留守を狙って2名の賊が大神殿に侵入したらしい。神官達の掛けた結界魔法を破っただけでも驚異の魔力を有するであろうその二人は、さらに聖女の護衛の神官を倒して聖女ユイカの傍にまで来た。

そうして怯えるユイカの前に立ちはだかり、ユイカに手をかけようとした直前にその手を止めたらしい。その後、二人は互いに何かを相談した後、ユイカに何もせずに神殿を去っていった。

私はゆいかちゃんの身を心配したが、ルーク補佐官がいうには、ゆいかちゃんは襲撃の際に驚いて転んで足首を骨折しただけらしい。命には別状ない上、医療魔法で殆ど治したので心配しなくてもいいと言われて、ホッとした。

「よかった。じゃあもう心配いらないんじゃ・・・」

私が安心して周囲を見回すと、この場の誰もが深刻な表情をしているのに気が付いた。クラウス騎士団総長が眉を寄せて重い表情ではなす。

「サクラ様、この襲撃者たちは大神殿に押し入って、まっすぐに聖女の部屋へ向かったのです。ということは、襲撃のターゲットは聖女だということで間違いありません。その二人はまさに、もう少しで聖女の命をとれるところまでやってきた。なのに途中でやめた。何故だか分かりますか?」

私は首を横に振る。するとアルがその後を引き継いで説明してくれた。

「襲撃者はユイカが聖女ではないと分かった訳だ。もしサクラ、お前がユイカの立場だったらどうした?目の前にお前を殺そうとする者がいて、その武器がお前の喉を狙っている」

「・・・時を止めて、敵をやっつける・・・かな?」

「そうだ、敵はそれを知っていた。聖女が時を止めるだろうことを予測していたんだ。だけどユイカは時が止められない。それで襲撃者はユイカを殺すのを止めた」

「待って、それじゃ襲撃者の狙いってゆいかちゃんじゃなくて、私だってことなんですか?!!」

そうか・・・そこまで考えつかなかった。だからアルはあんなに慌てて私の安全を確かめたんだ。でも、何かがおかしい。そうだとすると敵はもしかして・・・。

アルが私の恐れていることを口に出していった。

「そうだ。そいつらは聖女が時を止める能力を持っていることを知っていて、かつ時を止めた中でも動けるということだ。3種の宝飾を持つオレ達と同じに・・・そうじゃないと、あの時点で・・・ユイカをその武器で殺そうとする直前の時に、ユイカの正体を見破るなんてことは有り得ない!」

「・・・そんな・・!!」

私は、余りのショックに手が震えだした。3種の宝飾以外に、時を止める能力に干渉しない人が存在するなんて・・・。

隣に座っているユーリが、テーブルの下の私の手を皆に気づかれないように握ってくれる。けれども手の震えは一向に収まらない。

「わ・・私は時を止めると世界最強で、時が動くと世界最弱なんですよね?だったらずっと時を止めていればいいんじゃないでしょうか」

頭が混乱してきて、考えがまとまらない。一体どうすればいいのかさっぱりわからない。ユーリが私の手を握ったまま、私のほうを向いて安心させるように微笑みながらいった。

「その逆です。もし敵が私たち3人と同じ条件であるならば、時を止めないほうが我々に有利なのです。我々はサクラを守る為、自分たちの陣地内での戦いになります。他の人達の手助けが受けられなくなる時が止まった状況は、むしろ避けたほうがいいでしょう」

ユーリはそう言って、皆の意見をを確認をするかのように見回した。アルやルーク補佐官、クラウス騎士団総長、リュースイ宰相も無言で肯定の意を表す。でもいくらユーリが穏やかな表情で優しく安心させるように言ってくれても、私の恐怖は収まらなかった。誰かが私の命を狙っている。しかもその人たちには私の能力が効かないのだ。

今回の襲撃で3名の神官が命を落としたと聞いた。もし私のせいで、大事な人たちが傷ついたりしたらどうしよう。そう思うと不安でたまらなくなる。

「・・・でも、襲撃者は私が本物の聖女だって知らない訳ですよね?だったら私がどこか遠くの国へ行くとかして隠れてしまうのはどうでしょうか?」

私の意見にリュースイ宰相が、申し訳なさそうに反対意見をだす。

「それも考えたのですが、王国の事を考えると、聖女の力が国外に出るというのは困ります」

その意見を聞いてアルが直ぐに言い足した。

「それだけが理由じゃない。お前ずっと誰も知らないところで一人で暮らしていくのか?どんな状況になっても時を止めずにいられるのか?そうじゃないなら、オレ達の目の届かない所に行くのは却って不利だ」

それもそうだ。私自身は弱い存在なんだ。いくら剣道に長けていたとしても、この世界の圧倒的な魔力には到底かなわない。大砲と剣くらいに威力が違う。魔力ゼロの私はみんなに守ってもらわなくてはいけない存在なんだ。そう思うと、自分が情けなくなってきた。ルーク補佐官が私のそんな様子を見て、慰めるようにしていった。

「大丈夫です、サクラ様。聖女は王国の宝です。あなたを守るためならば我が王国の兵士達は喜んで自らの命を投げ出すでしょう」

この一言はルーク補佐官の思惑とは反対に、私を追い詰めた。私は自分の為に誰かが犠牲になるような、そんなことはどうしても考えられなかった。一瞬で青ざめた私を見て、アルがルーク補佐官を睨みつける。私は意を決して言った。

「私・・・皆さんの判断に従います。私にできることがあれば何でも言ってください」

そうだ。結局、彼らに判断は任せたほうがいい。私はこの世界にきてまだ半年なんだ。人生は配られた札の中で勝負するしかない。そういつもおじいちゃんは言っていた。私は私の今できることをやるしかない。

私は決意した。そう決めたら心が軽くなった。その後は、皆で今後の対応を意見を交わしながら決めていった。

まず私はまたセシリアになってこの王城でずっと過ごすということになった。ユーリは私の護衛として、いつも傍を離れずに私を守ってくれる。ユーリの他にも、現在仕事についていない騎士達・・・つまり現在訓練場にいる騎士が数名選ばれて、私の護衛につく。キアヌス騎士様と、ギルア騎士様、ヘル騎士様、リューク騎士様がその任務に選ばれた。
王城の守りを固めるため、結界を魔法局長官に頼んで強めてもらい、近衛兵や兵士も増員することになった。

襲撃者の意図も、正体も未だ分かっていないようだ。彼らは二人とも同じ白い髪に緑色の目をしていたらしい。武器も騎士様のような大剣ではなく1人は短剣2本と、もう1人は円状をした刃物を操っていたらしい。その武器の形状からして、大勢の者を相手にするような武器ではなく誰か特定の者の命を狙うことが、彼らの目的であるとわかる。その肌は透き通るように白くて、神官達の魔力がことごとく跳ね返されたと聞いた。彼らは

一体何者なのだろうか?どうして聖女の力を手に入れようとせずに、殺そうと思うのだろうか?

アイシス様も私の護衛として選ばれた。アイシス様は護衛というよりも、その転移魔法と医療魔法の能力がかわれたのだ。クラマのままの私がセシリアになる為の、美容魔法がかけられてしかもクラマがセシリアだと知っている点も評価された。

S級クラス以上の魔力を持つ、アルやルーク補佐官、ユーリでは美容魔法といった微妙な魔力を使う魔法は苦手らしい。まあ、男の人だしそういうものだよね。でもアルは自分でいつも自分に美容魔法をかけてたんじゃないのかな?その疑問をぶつけるとアルはふて腐れたように言った。

「自分にかけるのと、他人にかけるのは全然違うんだ。変な色になってもいいんならオレがやってやる」

私は速攻でお断りした。髪や目の色を変な色に変えられるのは、流石に17歳の多感な年頃の女の子としては遠慮したいところだ。

会議が終わって去り際にアルがユーリにマリス騎士様の事を尋ねた。騎士団訓練場に来た時、ユーリが取り押さえているのを見たからだろう。ユーリの話によると、マリス騎士様はドルミグ副隊長の所属していた2番隊出身で、ドルミグ副隊長を崇拝していたらしい。その復讐でクラマの命を狙っていたのだ。

「医療班棟で重い箱を棚から落としてクラマを殺そうとしたのも、マリス騎士でした。あの時はヘル騎士が思いがけず傍にいたので、直接的な行動はとれなかったらしいです」

それで今日の襲撃につながるわけなんだ・・・。マリス騎士様は捕まって騎士団の裁判にかけられる。恐らくは騎士の称号をはく奪の上、処罰を受けるに違いない。騎士団施設内での殺人未遂は重罪らしい。マリス騎士様はだからあんなに私にユーリから離れろって言っていたんだ。

マリス騎士様がそんなにまで私の事を恨んでいたとは知らなかった。今回の襲撃者だって私の知らないところで、何か恨みを買ってしまったのかもしれない。なんだか心が重くなってくる・・・。

「サクラ、気にするな。貴族選民思想の奴らはこの王国内どこにでもいる。オレの力が足りないだけだ。だからマリスの事はこの国を統治しているオレが悪い。お前にはなんの関係もない」

アルが私を心配して慰めてくれる。こんなことではいけない。もしかして未知の力を持った襲撃者が来るかもしれない時に、私がみんなを心配させている場合ではない。

「大丈夫!!私は元気だよ!みんなの足手まといにならないように頑張るね!」

私はガッツポーズをしてアピールした。アルとユーリが顔を見合わせて苦笑いをしている。何を考えているかは聞かないほうが精神衛生上いいだろうと判断して、私は執務室を後にした。
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