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サクラ 王城を出る

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その後、別段変わった様子もなく、私は夜会に出るためもう一度夜用のドレスに着替えた後、夜会会場に再びクラウス公爵様と一緒に向かった。夜会には濃いオレンジ色のドレスを選んだ。

会場に着くともうパーティーは始まっていた。軽快な音楽に沢山の人でかなりの熱気に包まれている。私は2回クラウス公爵様と踊り、その後も数人とダンスを踊った。

踊り終わった時クラウス公爵様は、まだ他の方と踊っている最中だったのでテラスに出て息抜きをする事にした。できるだけ人気のない場所を選んだつもりだったが、そこには先客がいた。

邪魔をしてはいけないと思って、踵を返して去ろうと思ったとたん、その先客がアルフリード王子とクリスティーナ様である事に気がついた。脚がまるで地面に吸い付いたように離れなくなる。

二人は互いに抱き合って熱いキスを交わしていた。何度も・・・何度も・・・。


だめだ・・ここにいてはいけない!!ここから離れないと・・・!!


そう思えば思うほど脚が氷のように固まって動かない。何分ほどそこにいたのか分からない。だけど突然、クリスティーナ様の声が聞こえて我に返った。

「あらセシリア様、そこにいらっしゃったのね」

「は・・・はい、お邪魔して申し訳ありません。すこし外の空気が吸いたくなって来ただけなんです」

声が震えてるのを悟らせないように、全神経を集中してなんとか言葉を紡いだ。

「丁度良かったわ。私、貴方ともっとお話がしたかったの。あ・・・先に化粧室で口紅を直してくるから、私が戻ってくるまでここに居てくださいね。アルも、セシリア様が逃げないように見張っててください」

そう可愛らしく花の様に笑って、クリスティーナ様は会場の喧騒の中に消えていった。私はアルフリード王子と人気のないテラスで二人きりになったが、何を話していいのか分からなかった。口を開くと彼を責める言葉が出てきそうで怖かった。

アルフリード王子が先に沈黙を破って、なにか汚いものでも見るかのような冷血な目で私を見て言った。

「・・・セシリア嬢。なにか私に言いたいことでもあるのか?君は私を見ると、そうやっていつも無言になってうつむく。いい加減にやめて貰いたい」

アルフリード王子のあまりに他人行儀な態度に、つい疑問に思っていたことが口に出た。

「あの・・・アル。・・・アルフリード王子。私のこと覚えていますか。図書館で会ったこととか・・時間を止めた時のこととか・・。私が本当の聖女だって言ったこととか・・」

アルフリード王子が一瞬で怪訝そうな目つきになり、怒りを顕わにして言い放った。

「君はもしかして、聖女だということを盾にして私を脅すつもりなのか?悪いが私は脅しには屈しない。クリスティーナに何かするつもりなら、君が聖女であっても容赦するつもりはない・・・」

「・・・・・・・!!!」

私はアルフリード王子の言葉に、全身に雷が落ちたような衝撃を受けた。

全身が震えてどうにもとまらない。だめだ・・・なにか言わないと・・・。

「・・・ご安心ください、アルフリード王子。私は聖女だというつもりは誰にもありませんし、クリスティーナ様を傷つける気は一切ございません」

私はなんとか絞り出すようにいうと、すぐにこの場から逃げ出した。もう、ここには居られない。彼の言葉には憎しみと怒りが満ち溢れていた。私はセイアレス大神官に捨てられた時のことを思い出す。

私を嘲笑する神官達の声。憤怒の声。それらの全てが私に向けられていた。頭の中で沢山の人の声が私を責める。

私は走って走って・・・気がつくと、西の庭園まで来ていたらしい。ヒールを履いた足が擦れて赤くなっているのも気にせずにその場に倒れこんだ。

「帰りたい!!帰りたいよ!!もうここは嫌!!」

そう夜空に輝く二つの月に向かって叫んでから、声を上げて子供のように泣いた。

気がつくと後ろに人の気配がする。ブレント君だ・・・。彼も泣きだしそうな目で私を見ている。

「セシリア様。僕とドリトス村に行こう・・・あそこならセシリア様を家族と同じように扱ってくれる。もうこんなところに居ちゃだめだ・・・」

今の私にはその言葉は抗えない甘美な響きを含んでいた。何処かに行きたい。誰も私を知らない人たちのところへ・・・。

「・・・でも・・そんなの。だめよ、ブレント君に迷惑をかけちゃう・・・」

私が迷っていると、ブレント君が両手で私の手を握っていった。

「僕の事は心配しなくていい。どうとでも言い訳はつく。逃げるのなら大勢人が出入りしている今しかないよ。僕なら秘密の抜け道を知っているから、お城の兵士にも見つからずに済む。王城を出たら寄り合い馬車に乗っていけば、3刻もすればドリトス村に着くから」

私は涙で濡れてぐしゃぐしゃになった顔のまま、ブレント君を見つめる。

「どうして、私にそこまでしてくれるの?たまに会って一緒にお菓子を食べるだけの仲なのに・・・」

ブレント君はいつも通りの、ひまわりのような顔で笑いながら。私の手を握っていたその両手を、私の両肩に置いていった。

「僕もこの世界でたった一人だから・・・一人の辛さを分かってくれたのは、セシリアさんだよ・・・。だからそのセシリアさんが苦しんでいるんだったら、どんな事をしても助けてあげたいんだ」

私はブレント君に何度もお礼を言って決断した。王城をでよう。私のことを誰も知らないドリトス村で暮らそう。聖女の力はもう使う必要はないだろう。だって私はもうこの異世界の情報を十分に知っている。来たばかりだったあの時とは違う。

ただユーリの事を考えると胸が痛い。恐らくひどく悲しむだろうが、本来私はこの世界に居る人間ではないのだから、もともと居なかったものと考えて欲しい。そうだ・・・聖女なんてもともと私には大役過ぎた。ユーリ・・・どうか私を忘れて幸せになってほしい。ごめんなさい・・・・。

一度決断すると、その後の私には一切の迷いはなかった。すぐに自室に戻りドレスやアクセサリーを外して、ブレント君が貸してくれた服に着替える。13歳の少年ブレント君の服は、意外にも私にピッタリだった。伝心魔法用の魔石も部屋に置いていった。

これで私からは誰にも連絡できない。連絡が来る分は伝心許可を無効にすればいい。たしか以前読んだ魔法大全巻にのっていた。魔力のないものが伝心許可を無効にするには、極度に微弱な伝心魔法を妨害する為の水晶を身につけるといいらしい。丁度、私の部屋には水晶で作られた小ぶりのシャンデリアがある。そこから小さな欠片をもらっておいた。

それから私がしたことといえば、まず置手紙を書く事だった。

誘拐だと思われて大勢の人に迷惑をかける事はしたくなかった。でも、あまり時間は無いので、簡潔に要点だけをまとめた。クラウス公爵様がいつ私を探しに、この自室に来るかもしれないからだ。

私はこうして王城から出て行った・・・。
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