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ダニエルとの再会

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教会のお祈りに半日をついやした私を迎えに来たキャサリンは、帰りの馬車の中でむせび泣いた。私といえば、結局三日間洗濯をしていないであろう下着はダニエルが誘拐された馬車に乗っていたのだと確定してしまったことで、気分をどん底にまで落ち込ませていた。

日が暮れかけた薄暗い道を急ぐ馬車は、ガタゴトと音を立てて規則的な振動を繰り返している。

もしかしてもう私の下着は誘拐犯の手の中にあるのかもしれない。しかもあのダニエルの事だ。しれっとした顔で私の下着だと誘拐犯にペロッと言ってしまったに違いない。そ・・・そ・・・そんなの耐えられない!!

「ダニエルを誘拐した奴らをみんな殺してやりたいわ!!」

「可哀想に、エミリー・・・。そんなにもダニエル様を愛しているのね」

思わず零れだした私の本音を聞いて、さらにキャサリンが涙を流す。

教会からミルドレイル伯爵家までの道のりを急ぐ馬車を見つめる怪しい人影があるのを、その時の私は全く気が付いていなかった。

♢ ♢ ♢

次の朝、私はもう一度教会にお祈りに行きたいとキャサリンにお願いをした。すぐに憐憫の感情を露わにしたキャサリンは二つ返事で了承する。

ちっとも私の嘘を疑わないキャサリンに少し罪悪感を抱きながらも、フリオ騎士を安心させてあげるためならと自分を納得させた。アレを持ったダニエルが見つかるまで、もう私には打つ手がないといった状況の中、何もしないまま屋敷にいるというもの苦痛だった。

そうして私は今日は淡い黄色のドレスを身に着けた。再び首の噛み痕を鏡で見ると、かさぶたが剥がれて薄いピンク色になっていた。指で触ってみたが、もう全然痛みもない。しばらく鏡の前で座りながらその傷跡をじっと見ていた。胸の奥が痛くて痛くてどうしようもない。思わず瞼の裏が熱を持ち、目の縁がしびれたかのように細かく震えだす。

「早くアレを見つけないと・・・」

そう呟いて・・・私は念入りに支度をした。そうして変装グッズも忘れずに荷物の中に入れた。昨日と同様に、キャサリンと一緒に私はミルドレイル伯爵家を出た。

教会につくと、再びあの牧師様が愛想よく出迎えてくれた。護衛の人を教会の外に待たせて、牧師様と一緒に再び地下の廟まで歩いて行く。薄暗い教会の中を長い牧師服を翻しながら、牧師様がゆっくりと落ち着いた様子で私の斜め前を歩いて行く。

「今日もお祈りですか?貴女にはよほど大切な方がいるようだ」

「大切・・というか、どうしても会って文句を言ってやりたい方ならいますわ」

「貴女はその方をとても愛しているのですね。お美しい貴女にそこまで想ってもらえる男が羨ましいですね。私にもその気持ちをご寄付として少し分けて頂きたいものです」

そんな事を言いながら小じわのある顔を緩ませる。その混じりけのない爽やかな笑顔で寄付を迫ってくるのだから、何てがめつい牧師なのだろうか・・。

無言のままで予め用意しておいたお金を差し出すと、彼は満足したように微笑んでから受け取った。そうして廟へと続く階段の扉を重々しい感じで開けると、いままでないような真面目な表情をして小さな声でこういった。

「あまり大事な方に心配をかけるのはよしておいた方がいいですよ。ちょっとした忠告です」

キャサリンの事を言っているのだろうか。牧師様は昨日の帰り際に、心配そうな顔をして迎えに来たキャサリンを見ている。

「大丈夫ですわ。今日はある方にブルーベリースコーンを持っていくだけですから、御心配には及びません。でもご忠告は感謝します」

私は朗らかにそう答えてから、牧師様と別れた。そのままフリオ騎士と待ち合わせた騎士団の裏口へと急ぐ。約束の時間より早めだというのにフリオ騎士はもうその場所に来ていた。

「ああ、よかった。本当に来てくださるとは思っても見ませんでした。これで今朝早くから起きてブルーベリースコーンを焼いた甲斐があります!」

本当に自分で焼いたのだと知って驚きを隠せない。意外な才能が人にはあるものだと感心する。そうして感謝しきりのフレオ騎士に連れられて騎士団の中に入ると、まずはひと気のない場所にある小屋に連れていかれた。騎士団の隅にあるその小屋は、倉庫なのだろうか・・・扉を開けると三メートル四方の広さしかなく窓が一つあるばかりだ。

中に入ると、何もない空っぽの小屋の中は塗りっぱなしの白壁が目立っている。ごつごつとした木で組まれた床は隙間があり、そこから冷たい風が吹き込んできていた。

「すみませんが、エミリー嬢。ここで変装してくれませんか?俺は表で待っていますから・・・」

そういってフリオ騎士は私を小屋の中に残したまま、扉を開けて出ていった。

変装とは言ってもウィッグを被って眼鏡をかけるだけだ。私は髪を一つにまとめてアップにし、茶色のウィッグを被った。鏡が無いので少しやりにくいが、慣れたものだ。金色の長い髪がはみ出ないように神経を集中させていると、誰もいない部屋のはずなのに、突如として背後に気配を感じる。

「誰、フリオ様?きゃっ!!!んんっ!!」

慌てて振り向こうとしたが時遅く、何か薬を染み込ませた布が口に押し付けられる。全力でもがくが、背後から回された何者かの腕はびくともしなかった。

誰なの?!!でも小屋の外にはフリオ騎士もいたはずよ!彼も襲われてしまったの?!!

力を込めてもがく程に息が荒くなって薬が体内に入っていく。そうして頭の中が真っ暗になったかと思ったら、体中の力が抜けていった。

そうして私は漆黒の闇の中に意識を沈ませた。

♢ ♢ ♢

「きゃっ!!!何?!!!」

突然の冷たい感触に何が起きたのか分からないまま飛び起きた。その瞬間、自分の置かれた状況が把握できなくてしばらく茫然とする。前髪を水が滴り落ちて、頬を幾筋もの水滴が流れては顎を伝って地面に落ちていく。

私は今どうしてこんな見たことも無い場所にいるのだろうか?

灰色の窪みのある石壁・・・窓から斜めに差し込む夕方のかすれた陽光・・・そうして目の前にはバケツを持った知らない男性の顔・・・。どうやら私が意識を失って床に転がされているときに、この男に頭から水をかけられたらしい。ウィッグはどこかで落ちたらしく、私は髪を頭の後ろで一つに結んだままだった。

「最低・・・あなた・・・。女性をもっと優しく起こせないのかしら・・・」

「うるさいぞ、自分の立場が分かっているんだろうな。エミリー・スタインズ。お前は伯爵に言う事をきかせるための餌だ」

両手を背中で組み合わされて縛られているので、全く抵抗ができない。目の前で薄ら笑いを浮かべている男性は、冷酷な目で私を見下ろした。

男は農民の様な格好をしてはいるが、そのごつごつとした手には皮が厚くなっている部分があり、日常的に剣を握っている人物だという事がうかがい知れた。

「お前がなかなか目を覚まさないからだ。ほらっ、立つんだ」

そういって男は私の腕を握って無理やり立たせた。私は男の目を見てキッと睨みつける。

男は伯爵と言っていた。どう考えてもこの場合ダニエルの事だろう。彼の事を騎士隊長と呼ばずに伯爵と呼んだという事は、王国の機密事項に関することでダニエルは誘拐されたのだ。

「貴方がダニエルを誘拐したのね!どうしてなの?!」

「お前が知る必要はない。これから愛しの伯爵に会えるんだ、嬉しいだろう。できればもっと悲壮感をだして哀れみをひいてやってくれ。それであいつが早く書類の在処を吐くようにしろ」

どうやら私はダニエルにいう事をきかせるために利用されるらしい。そんな事に使われるなんて絶対に嫌だ。

私は自分のいる状況を知る為に周囲を見回した。そこはどこかの古い石造りの屋敷のようで、壁は三十センチほどの様々な形の石で組まれている。窓も鉄の枠がはまった曲線のある特殊なガラスで、羽目殺しになっている様だ。

こういった様式の家は三百年以上前に建てられたもので、王都の東側の森の中にまだいくつか残されているだけのはずだ。という事はここは騎士団本部から馬車で一時間程の場所のはず・・・。でもクライブ様に隊が近くの森は全て捜索したはずだ。見逃すだなんてあり得ない。

「さぁ、目が覚めたんなら伯爵の所に行くぞ。こいっ」

「ちょっとやめてってば!放して!」

そういって男は乱暴に私の腕を引っ張った。足を突っ張って抵抗すると、男は怒りを露にして怒鳴り始めた。

「いい加減にしろ!痛い目にあいたいのか!」

「貴方馬鹿なの?!痛い目になんてあいたくないに決まっているじゃないの!私はドМじゃないのよ!」

唯一動かせる足をジタバタさせて暴れる私を持て余した男は、勢いよく私を肩に担ぎあげて廊下に出た。そうして地下に続く石造りの階段を降りていく。男が階段を踏み外すと私の命まで危ない。仕方がないのでそのまま男の肩の上でじっと身を固めて大人しくする。

男が階段を一つ一つ降りる度に、じめりとした湿気を伴った冷たい風が頬に当たって恐怖を盛り上げる。

そうして階段を降りきって直ぐの扉を開けると、男は乱暴に私を床に下ろした。危うくバランスを崩して転びそうになりながらも両脚を踏ん張って立った。そうして薄暗い部屋の中を見回すと、蝋燭の光に照らされた部屋の奥に四日ぶりに見る懐かしい顔が見える。

「・・・ダニエル・・・・」

私は小さい声で彼の名をつぶやいた。

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