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第22話 霧矢正樹の過去①

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 俺には九歳より前の記憶がない。
 両親の事や今までどんな生活をしてきたのかさえ思い出せない。
 唯一覚えていたのが正樹という名前のみだった。
 記憶が無いという恐怖が最初に襲ってきて、その中で孤独という闇に飲まれていった。


  * * * * *
 

 目が覚めると物凄い頭痛に襲われた。
 あまりの痛さに声をあげて泣きじゃくる。
 鳴き声を聞きつけて数人の大人がドアから入って来て何かを言っている。
 痛さの所為か、泣きじゃくる自分の声の所為か何を言っているのか分からなかった。

「これを飲んで! そうすれば直ぐに楽になるから!」

 かろうじて聞こえた言葉とともに小さいコップが差し出された。
 藁にも縋る思いでコップを受け取り中身を全部飲み干す。
 すると、痛みが嘘の様に消えて行くと同時に強烈な眠気が襲ってきて、再び眠りに就いた。

 しばらくしてまた目が覚める。
 今度は先ほどの様な頭痛は無い。
 ふぅ。 と息を吐き一安心する。
 安心したら少し余裕が出来たので辺りを見回してみた。
 自分が今まで寝ていたベッドや部屋に見覚えが無かった。
 薬品の匂いがするので病院に運ばれたのだろうか?
 時計や窓が無いので今が昼なのか夜なのかもわからない。
 キュルル~ッとお腹が鳴った。
 最後に食事をしたのは何時だろうと思い出そうとする。
 思い出せない!?
 最後の食事はおろか、食事をしている光景が出てこない。
 いや、そもそも僕は何で一人でこんな所にいるんだろう? 両親は? 友人は? 
 思い出せない!!
 昨日僕は何をしていた? 
 思い出せない!!
 オカシイ、昔の事が何一つ思い出せない。
 僕は恐る恐る自問自答した。

 ボクハダレダ?

 思い出せない!!
 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない 思い出せない!?

「僕は……誰なんだ……?」

 ズキッ!

 また頭痛に襲われた。
 まるで脳に針でも刺されているかの様な痛みに意識が朦朧とする。
 朦朧とする意識の中で、二人の男女が俺に向かって何かを叫んでいる。
 何だ? 何を言っているんだ?
 何回も何回も繰り返し何かを叫んでいる。
 痛みが段々と強くなってくる。

「うぅ……、ぁぁぁああああ!」

 痛さに抗う様に声をあげる。
 痛みと比例するかの様に意識の中の男女の声のボリュームが上がり、僅かづつ聞こえ始めた。
 なんだ……?何て言っている……? 
 ま……、さ……、き……?

「まさき?」

 僕が声に出して『まさき』と言った途端に、先ほどまでの痛みが嘘のように消えた。そして『まさき』という言葉が自分の名前であるという事を思い出した。

「そうだ! はまさき、正樹だ!」

 名前以外に何か思い出したか確かめるべく暫く意識を集中させるが、名前以外は思い出していなかった。

 「マサキ、まさき、正樹、正樹、正樹! よし! もう忘れないぞ!」

 俺が自分の名前を再確認する様に何回も声に出して自分自身に名前を刻み込む。
 今はまだ自分の名前しか思い出せないが、また頭痛の様な物が切っ掛けで何か思い出すかもしれない。
 しかし、またあの痛みに苛まれると思うと気が重くなるなぁ。
 などと考えていると、突然部屋のドアが開いた。

 ガチャッ

「あら、目を覚ましていたのね」

 白衣を着た二十代半ば程の女性が声を掛けながら部屋に入って来る。その女性の後を追うように三人の男性も部屋に入って来た。皆女性と同じように白衣に身を纏わせている。
 女性と三人の男達は何やら話していたが、女性だけ俺の傍までやって来て声を掛けてきた。

「体調はどうかしら?」
「さっきまで凄い頭痛がしていましたが、今は何処も痛くありません」
「頭痛が自然に治ったという事かしら?」
「自分の名前を口にしたら治まりました」

 俺がそう答えると女性はおろか男たちまで驚愕の表情を浮かべた。
 しかし女性は直ぐに真剣な顔になった。

「貴方のお名前を聞いてもいいかしら?」
「正樹です」
「能力を使ったのかしら?」
「能力って何ですか?」

 女性は真剣な面持ちで何やら考えている。
 能力っていうのは何の事だろう? 気にはなるが俺にはもっと気になっている事があったのを思い出す。 何故だかこの女性は優しそうに思えたので質問してみる事にした。

「あの、此処は何処ですか? 病院ですか?」

 女性は一瞬キョトンとした顔をしたが直ぐに元に戻った。

「そうねぇ、病院みたいな所……かな」

 少し考えてからそう答えた。
 どうやら病院では無い様だ。
 
「俺はどうして此処にいるんですか?」

 俺がそう質問すると、女性は困った表情で聞き返してくる。

「正樹くんは、名前以外のことを覚えてる?」
「いいえ、何も思い出せないです」

 俺がそう答えると、女性は不思議な事を言い出した。

「あそこのテーブルの上に花が飾ってあるでしょう? その花が一瞬で枯れる確率は幾つだと思う?」
「幾つも何もゼロ%ですよ。一瞬で枯れるなんてありえない」
「そうね。ではその確率を100%に出来たら枯れるんじゃないかしら?」
「まぁ、そうですね」
「頭の中で念じてみて? 『あの花が一瞬で枯れる確率を100%に変更』って」
「俺がここに居る事と関係あるんですか?」
「もちろん」
「俺には関係があるとは思えませんけど」
「まあまあ、試しに念じてみて」

 そんな事をして何の意味があるのか俺には分からないが、女性の顔を見ると眉一つ動かさずにこちらを真剣に見つめている。
 俺には理解出来ないが、きっと俺の記憶が無いことと関係しているのだろう。

「分かりました、やってみます。『花が一瞬で枯れる確率』でしたっけ?」

 俺がそう言うと、女性は強調する様に言ってきた。

「いいえ、『花が一瞬で枯れる確率』よ。間違えないで」

 どっちでも同じだと思ったが真剣な声色と表情で言ってくる。

 「分かりました。、『花が一瞬で枯れる確率』ですね?」
 「そうよ、念じてみて」

 俺は言われた通りに頭の中で『花が一瞬で枯れる確率を100%に変更』と念じた。
 
 「念じまし……た……!?」
 
 俺が念じましたと言おうと思い女性を見ると、女性の後ろにあったテーブルの上の花瓶の花が枯れているのが目に入って来た。

 「どう? 枯れたでしょ?」

 女性は驚くどころか、こんな事当たり前だと言わんばかりに聞いてくる。

 「どういう仕掛けなんですか? いつの間に狩れた花と入れ替えたんですか?」
 「花は入れ替えていないし、仕掛けなんて無いわ」
 「一体どういう事なんですか?」
 「これが貴方の能力よ。森羅万象におけるあらゆる確率を変更する事ができるのよ」
 
 そんな馬鹿げた事があるわけないでしょうと言おうとした時、女性の口から信じがたい言葉が発せられた。

「貴方はその力を使って自殺したのよ」

 にわかには信じられない言葉だった。 
 
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