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第二章 王子は魔女に恋い焦がれる

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 エレナは当然、来たときと同じように彼の前に乗せられたが、クロードとの距離感に慣れてきたのか、それとも彼の優しい一面を知って嫌悪感が薄れたせいか、背に感じる熱を嫌だとは思わなかった。
 ただ、王子に送迎をさせている罪悪感は消えてくれず、そのいたたまれなさから逃れたい一心で、エレナはおずおずと彼に尋ねた。

「お話とは、なんでしょうか」
「黒髪の彼は恋人か?」
「はい?」
「君のことを馴れ馴れしくエレナと呼んでいた青年がいただろう。彼は、君のなんなんだ? 恋人か? それとも、昔の恋人か?」

 街の人間でエレナを“エレナ”と呼ぶ人間は、アネットとロイだけだ。

 黒髪の青年とは間違いなくロイのことだろうが、恋人か、と問われてエレナは思わず口ごもる。

 気さくなロイはよくエレナの元にもやってくるが、それが薬を求める用件だけでないことは、アネットの指摘がなくとも、エレナも薄々気付いていた。
 二十五年も生きていれば、優しげな顔をしていても自分に向けられている敵意や、親しげななかに潜む異性としての好意は、さすがに感じ取れる。

 ロイと恋仲になりたいと思ったことは一度もない。できるだけ淡々と接しているし、彼もエレナからの距離を感じ取って、口に出して好意を伝えてくることはない。
 そのうち飽きるだろうと、エレナは静観の構えをとっていた。

 アネットならともかく、クロードに指摘されて、エレナはなんと言っていいかわからなくなった。

「エレナ、どうなんだ? まさか、恋人なのか?」
「ロイとはそういう仲ではありません! おかしなことを言い出すのはやめてください!」
「そうか。君がそう言うなら、今日のところは信じよう。私としては、恋敵は早めに排除したいところだが」
「こっ──!」

 エレナは言葉が続かず、クロードの腕のなかで凍り付いた。

 恋敵とはどういうことだろうか。まさか、本気で言っているのだろうか、いやそんなわけがない。相手は女好きで通るクロードだ。あいさつ代わりに女を口説き、どうしようもない手紙や贈り物を差し出してくる。
 なにより、脅すようにベッドに誘い込まれたあの日を忘れてはいけないと、エレナは険しい顔で応じた。

「わたしをからかわないで下さい!」
「からかってなどいない。私はいつだって本気だ。信じないなら何度でも言おう。エレナ、私は、君に恋い焦がれている」
「ひっ!」

 エレナは小さく悲鳴をあげて赤面した。耳まで真っ赤になったエレナの背後からは、次々と言葉が降ってくる。

「君を想わない日はないほどだ。毎日君のことを考えている。現に、私は君と三日も会わないとおかしくなりそうで、すぐにあの森へ向かってしまう。本当なら君を連れ去って宮殿に閉じ込めてしまいたいくらいだ。そう、私はまるで、不治の病にかかっているようだ。君という──」
「もっ、もう結構ですから!!」
「信じてくれたのか? 信じられないなら、私はまだまだ君に愛を囁ける」
「わ、わかりましたから、本当に、もうやめてください!!」

 くすりと、エレナの後でクロードが笑った。

「エレナ、耳まで赤くなっている」
「っ──!」

 手放しに何もかも信じるわけではないが、クロードが自分に執着していることはよくわかった。
 これ以上彼の口説き文句を聞いていられない。ロイの淡い好意を向けられるのとはわけが違う。こんなふうに、言葉を尽くして想いを伝えられたことはない。とても、これ以上は耐えられない。

 エレナは駆け足になる心臓に、これは一時的な執着に過ぎず、クロードのお遊びに付き合って、自分を見失ってはいけないと、何度も繰り返し言い聞かせた。

 クロードはそれ以上追い打ちをかけるような真似はしなかったが、背後に感じる体温に、エレナはすっかり参っていた。
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