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第二章 王子は魔女に恋い焦がれる
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看病にあたる人々が力なく横たわる病人を抱き起こし、彼らにゆっくりと黒い液体を飲ませていくさまを、エレナはじっと見守っていた。
濃緑の多肉植物の葉のなかは、黒く瑞々しい肉が詰まっている。それを主な材料とする薬はやはり真っ黒で、見た目は悪い。しかし、驚くほどの効果を発揮する。
一番早く効果が現れるのは、子供だ。
薬を飲ませてしばらくすると、ぐったりとしていた子供たちが空腹を訴え、男たちは食料の調達に奔走し、女たちは調理に忙殺された。
広間に食事のいい匂いが充満する頃には、大人たちも起き上がり、身を起こして会話ができるほどまで回復を見せていた。
運び込まれた食事をとる人々は、皆幸せそうに笑っている。病に臥せっていた人々が回復したと、看病をしていた人たちも喜び、広間のなかは、陽が傾いているにもかかわらず幸福感で眩いほどだ。
エレナは彼らの笑顔を見渡し、ほっと息を吐いた。
クロードから受け取った金を持って、エレナは街へ向かった。市場で黒珠草を買い、ついでに栄養のある肉や葉野菜を買い込んだ。
古城に舞い戻ったエレナは食料を女手に託して食事を作らせ、自身は裏庭を占領して仕事道具を広げた。黒珠草の汁で指先を真っ黒に染めながら、険しい顔で薬草を煮詰める魔女の姿を、人々は遠巻きに見守っていた。
完成した薬を手渡したあとは、もう誰とも話したくなくなっていた。疲れたのだ。
人々の輪から離れ、エレナは広間の片隅で壁に背を預けていた。薬が無事効いたことを見届けたエレナは、そろそろ帰ろうとようやく自身の足で体を支えた。
「送って行こう」
動く気配をみせたエレナの隣に、どこからともなくクロードが現れた。
エレナはぎょっとして目を見開き、戸惑いを隠しきれなかった。クロードは、もう帰ったとばかり思っていたのだ。
「殿下……どこにいらしたんです?」
「この地域の長と、少し話してきた」
エレナは納得して頷き、その場でクロードに深々と頭を下げる。
結局、クロードから受け取った金貨は、すべて黒珠草と食料に消えた。彼がいなければ、エレナは今頃、金の工面に駆けずり回っていたかもしれない。クロードのおかげだ。彼がいたから、人々を助けられた。
エレナは本心でそう思っていた。
「殿下、ありがとうございました」
「君に感謝されるようなことは、何もしていない。疲れただろう。送って行こう」
「いえ、わたしは──」
「それに、君にはすこし話がある。送って行く」
「ひっ」
にっこりと微笑んだクロードは、有無を言わせず、エレナの腰に手をあてた。まるで恋人にするような振る舞いに、エレナは鋭く息を吸い込んで身を硬くする。
広間の人々の視線は、嫌でも二人に集まっていた。
「クロード殿下、本日はお越しくださいまして、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、色々見聞きできていい経験になった。陛下にも、ここの素晴らしい人々のことは私からよく伝えておく」
鷹揚に話すクロードの口調は、いつになく王子らしい威厳に満ちていた。しかし、彼はちゃっかりとエレナの背を押し、少しずつ出口へ誘導していく。エレナはつい怪訝な顔になったが、皮肉は浮かんでこなかった。
「エレナさん、本当にありがとうございました。お帰りになるんですか? 送って行きましょうか?」
「いや、彼女は私が送る。君たちはゆっくり休むといいよ」
「エレナ、また今度、お礼を持って行くよ」
声をかけてきたロイに首を横に振ってみたが、返事をする暇は与えられなかった。
クロードは一刻も早くその場からエレナを連れ去りたいといわんばかりに、足早に広間を出て馬に乗った。外は既に、夕空が赤く染まっていた。
濃緑の多肉植物の葉のなかは、黒く瑞々しい肉が詰まっている。それを主な材料とする薬はやはり真っ黒で、見た目は悪い。しかし、驚くほどの効果を発揮する。
一番早く効果が現れるのは、子供だ。
薬を飲ませてしばらくすると、ぐったりとしていた子供たちが空腹を訴え、男たちは食料の調達に奔走し、女たちは調理に忙殺された。
広間に食事のいい匂いが充満する頃には、大人たちも起き上がり、身を起こして会話ができるほどまで回復を見せていた。
運び込まれた食事をとる人々は、皆幸せそうに笑っている。病に臥せっていた人々が回復したと、看病をしていた人たちも喜び、広間のなかは、陽が傾いているにもかかわらず幸福感で眩いほどだ。
エレナは彼らの笑顔を見渡し、ほっと息を吐いた。
クロードから受け取った金を持って、エレナは街へ向かった。市場で黒珠草を買い、ついでに栄養のある肉や葉野菜を買い込んだ。
古城に舞い戻ったエレナは食料を女手に託して食事を作らせ、自身は裏庭を占領して仕事道具を広げた。黒珠草の汁で指先を真っ黒に染めながら、険しい顔で薬草を煮詰める魔女の姿を、人々は遠巻きに見守っていた。
完成した薬を手渡したあとは、もう誰とも話したくなくなっていた。疲れたのだ。
人々の輪から離れ、エレナは広間の片隅で壁に背を預けていた。薬が無事効いたことを見届けたエレナは、そろそろ帰ろうとようやく自身の足で体を支えた。
「送って行こう」
動く気配をみせたエレナの隣に、どこからともなくクロードが現れた。
エレナはぎょっとして目を見開き、戸惑いを隠しきれなかった。クロードは、もう帰ったとばかり思っていたのだ。
「殿下……どこにいらしたんです?」
「この地域の長と、少し話してきた」
エレナは納得して頷き、その場でクロードに深々と頭を下げる。
結局、クロードから受け取った金貨は、すべて黒珠草と食料に消えた。彼がいなければ、エレナは今頃、金の工面に駆けずり回っていたかもしれない。クロードのおかげだ。彼がいたから、人々を助けられた。
エレナは本心でそう思っていた。
「殿下、ありがとうございました」
「君に感謝されるようなことは、何もしていない。疲れただろう。送って行こう」
「いえ、わたしは──」
「それに、君にはすこし話がある。送って行く」
「ひっ」
にっこりと微笑んだクロードは、有無を言わせず、エレナの腰に手をあてた。まるで恋人にするような振る舞いに、エレナは鋭く息を吸い込んで身を硬くする。
広間の人々の視線は、嫌でも二人に集まっていた。
「クロード殿下、本日はお越しくださいまして、誠にありがとうございます」
「こちらこそ、色々見聞きできていい経験になった。陛下にも、ここの素晴らしい人々のことは私からよく伝えておく」
鷹揚に話すクロードの口調は、いつになく王子らしい威厳に満ちていた。しかし、彼はちゃっかりとエレナの背を押し、少しずつ出口へ誘導していく。エレナはつい怪訝な顔になったが、皮肉は浮かんでこなかった。
「エレナさん、本当にありがとうございました。お帰りになるんですか? 送って行きましょうか?」
「いや、彼女は私が送る。君たちはゆっくり休むといいよ」
「エレナ、また今度、お礼を持って行くよ」
声をかけてきたロイに首を横に振ってみたが、返事をする暇は与えられなかった。
クロードは一刻も早くその場からエレナを連れ去りたいといわんばかりに、足早に広間を出て馬に乗った。外は既に、夕空が赤く染まっていた。
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