上 下
32 / 54
第二章 王子は魔女に恋い焦がれる

22

しおりを挟む
 古い石造りの広間には、床に藁が敷かれ、その上に熱に苦しむ人々が寝かされていた。

 伝染病が流行した田舎では、よくある光景だった。看病にあたる人々は口と鼻を布で覆い、感染拡大の防止に努めている。人々が、できる限りの最善を尽くしている様子が見て取れた。

 病に苦しむ人々は、女子供と老人が主で、その人数はざっと三十人ほどだ。そのなかに、先日会ったニコールの姿を見つけて、エレナは後悔に奥歯をきつく噛み締めた。

 風邪だと思うという彼女の言葉を楽観せずに、現地まで足を運ぶべきだったかもしれない。だが、後悔しても仕方がない。
 自分のやるべきことをやる。今するべきは後悔ではない。エレナは自身を厳しく律した。

 横たわる人々は熱に苦しみ、腹痛を訴えている。そして、首には赤い発疹が四つ現れていた。

「四星病ね……」

 ちょうど喉のあたりに横並びに四つ発疹が現れる特徴から、エレナは病を特定した。

 四星病は、非常に感染力の弱い病気で、風邪に似た症状を引き起こす。首の四つの発疹が現れているあいだは熱と腹痛で苦しむが、命に関わるほどの病ではない。

 むしろ、そんな四星病にかかってしまうほど、体力が低下していることが問題視されるくらいだった。

 流行病のなかでは比較的危険とみなされていない四星病だが、他の病よりずっと困った点がある。

 エレナは赤毛に指を突っ込み、乱暴に頭皮を掻きむしった。

(これだけの人数に、黒珠草を……)

 四星病の特効薬の主原料である黒珠草は、高価な薬草である。

 過酷な砂漠でしか育たない多肉植物で、黒珠草が採れる地域では雑草にも近い扱いをされているが、自生しない地域では運び込まれるまでの手間賃がかさみ、とんでもない高値で販売される。イスティヴァンナの市場でも売られているが、これだけの人数に薬を作るには、莫大な金がかかってしまう。

 エレナはこの現実に、いつも皮肉を感じていしまう。
 貧困病とまでいわれる四星病の特効薬が、病気で苦しむ彼らには到底手の出ない材料でしか作れない。

 一部の富裕層がどこまでも富を吸い上げる社会のしくみや人間の欲深さに、エレナの心は冷え冷えとしていく。

(どうしたらいいの)

 四星病はしつこく宿主のなかで生き続ける。
 他の薬で騙し騙し熱や腹痛を抑えることはできるが、四星病の完治には、どうしても黒珠草から作られる薬が必要だった。

 頭を搔き乱すエレナの隣では、ロイが不安げに眉を下げていた。

「四星病って、そんなにまずい病気だったりするのか?」
「いいえ、感染力はとても弱いの。薬を飲ませればすぐに治る。けど、薬の材料が、とても高価で──」
「いくらだ?」

 呆然と言葉を詰まらせたエレナに、クロードがもう一度「いくらする?」と訊ねた。

「金貨二十枚では足りないか?」

 金貨二十枚。
 それだけあれば、確実にこの人たちを助けられる。

 言葉もなく首を横に振ったエレナに、クロードは上着の内側から袋を取り出した。エレナの手が彼の大きな手に掴まり、袋が掌に載せられる。

「使ってくれ」

 掌に乗せられた袋は、ずっしりと重い。
 金貨二十枚とは、これほどに重いものなのか、と、エレナは袋から目が離せなくなってしまう。受け取ることが怖くなった。これを受け取って、いいのだろうか。

 だが、これがあれば、今苦しんでいる人々を助けられる。反対に、これを突き返せば、彼らを本当の意味で助けることはできない。

 こくりとエレナの喉が鳴った。
 ゆっくりとクロードの顔を見上げれば、彼はいつになく真剣な眼差しでエレナを見つめていた。

 彼の青い瞳は、いつもの軽薄で不誠実で悪戯な光はなく、優しげで、実直な心を映し出している。
 裏があって金を渡しているのではない、恩を売りたいわけでもない。この人たちを救いたいのは自分も同じだ、と、クロードの瞳はエレナに訴えかけていた。

 これまで接してきたなかではじめて、彼を信じていいと思えた。
 知らぬ一面を見せたクロードに、エレナはしっかりと頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

処理中です...