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第二章 王子は魔女に恋い焦がれる

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「先日の口付けを、君は、“あれしきのこと”と言った」

 急に何を言い出したのかと、エレナは返事もできずに硬直する。
 しかし、エレナが反応しないことはクロードにとって大した問題ではなかったようだ。彼の表情は真剣そのもので、それは、後に続く言葉を裏付ける証のようだった。

「私にとっては、特別な口付けだった」

 かあっとエレナの頬が赤く染まる。
 クロードの瞳が、甘やかな光をたたえて細められた。

「君の唇を忘れられない。世慣れた君にとっては“あれしきのこと”だったのかもしれないが、私には違う」

 腹立たしさを上回る気恥ずかしさに、エレナは息をするのも忘れる。勝手に世慣れた女に仕立てあげられていることを訂正もできない。

「だから、エレナ、この薬を試してみよう」
「なっ……どうしてそうなるんです!?」
「続きがしたい」

 凍りついたエレナは耳まで真っ赤になり、ただクロードに見つめられるまま、黙り込んだ。

「エレナ、これを飲んでくれ。私と、先日の続きをするために」
「──おっ、お断りします!」
「そう言うと思っていた。だが、考えてみてくれ、エレナ・オドリーチ」

 わざわざエレナ・オドリーチと呼ばれ、緊張感をみなぎらせたエレナだったが、クロードは随分と間抜けなことを言いだした。

「君と先日の続きをできなければ、私は君に恋い焦がれ、君を抱くこともできないまま死ぬことになる。大の男が、何年も何年も君の体を想像しながら、自分の右手を相棒にしているんだ。哀れだとは思わないか?」
「なっ──!!」
「私には、格好つけて君を落とすだけの猶予はないんだ。だから、君に応じてもらうために、君の納得できる理由を用意した。それが、この薬の安全性を、君自身で試すというところだ。悪いが、エレナ、私はもう、君を逃がしてあげるつもりなはいよ」

 クロードがエレナに媚薬の入った小瓶を差し出す。

「耐抗魔法のかかっている君が、この薬を試す。相手は私だ。兄上も試用したとわかれば納得するだろう。君は私に、逆らえるかな」

 この男は調子のいいことを言いながら、結局は一時の肉欲のために自分と薬を利用しようとしているだけではないのか。
 エレナは唇を噛みしめながら、火照る顔が俯いてしまわないよう、必死の思いで支えていた。クロードの話を、エレナはすべて信じられなくなっていた。

 媚薬を嗅いで理性を失った彼が謝罪したのはなんだったのか。特別だったといいながら、どうして脅すような真似をしてくるのか。
 いったいいつから、こんな下劣なことを考えていたのか。

(この人を、一瞬でも、少しはまともな人だと思ったなんて……!)

 恥じらいではなく、憤り赤くなったエレナに、クロードはなおも挑むように言う。

「“あれしきのこと”では揺らがなかった君としては、媚薬で乱れる姿を私に晒すのが口惜しいのかな。それとも、自分の作った薬に、不安でも?」
「っ……!」

 これだけ言われて逃げる気には到底なれなかった。
 彼にとってはエレナは暇つぶしの遊興に過ぎないのかもしれない。彼の真意など、もう知ったことではない。 

 エレナはひったくるようにクロードの手から小瓶を取り上げ、巻き付けていた葉を引きちぎり、勢いのままに木栓を抜いた。

 じっとクロードを見据える。彼も目を逸らしはしなかった。
 鋭く王子を射貫いたまま、エレナは一気に媚薬を呷った。
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