上 下
14 / 54
第二章 王子は魔女に恋い焦がれる

4

しおりを挟む
「先日の口付けを、君は、“あれしきのこと”と言った」

 急に何を言い出したのかと、エレナは返事もできずに硬直する。
 しかし、エレナが反応しないことはクロードにとって大した問題ではなかったようだ。彼の表情は真剣そのもので、それは、後に続く言葉を裏付ける証のようだった。

「私にとっては、特別な口付けだった」

 かあっとエレナの頬が赤く染まる。
 クロードの瞳が、甘やかな光をたたえて細められた。

「君の唇を忘れられない。世慣れた君にとっては“あれしきのこと”だったのかもしれないが、私には違う」

 腹立たしさを上回る気恥ずかしさに、エレナは息をするのも忘れる。勝手に世慣れた女に仕立てあげられていることを訂正もできない。

「だから、エレナ、この薬を試してみよう」
「なっ……どうしてそうなるんです!?」
「続きがしたい」

 凍りついたエレナは耳まで真っ赤になり、ただクロードに見つめられるまま、黙り込んだ。

「エレナ、これを飲んでくれ。私と、先日の続きをするために」
「──おっ、お断りします!」
「そう言うと思っていた。だが、考えてみてくれ、エレナ・オドリーチ」

 わざわざエレナ・オドリーチと呼ばれ、緊張感をみなぎらせたエレナだったが、クロードは随分と間抜けなことを言いだした。

「君と先日の続きをできなければ、私は君に恋い焦がれ、君を抱くこともできないまま死ぬことになる。大の男が、何年も何年も君の体を想像しながら、自分の右手を相棒にしているんだ。哀れだとは思わないか?」
「なっ──!!」
「私には、格好つけて君を落とすだけの猶予はないんだ。だから、君に応じてもらうために、君の納得できる理由を用意した。それが、この薬の安全性を、君自身で試すというところだ。悪いが、エレナ、私はもう、君を逃がしてあげるつもりなはいよ」

 クロードがエレナに媚薬の入った小瓶を差し出す。

「耐抗魔法のかかっている君が、この薬を試す。相手は私だ。兄上も試用したとわかれば納得するだろう。君は私に、逆らえるかな」

 この男は調子のいいことを言いながら、結局は一時の肉欲のために自分と薬を利用しようとしているだけではないのか。
 エレナは唇を噛みしめながら、火照る顔が俯いてしまわないよう、必死の思いで支えていた。クロードの話を、エレナはすべて信じられなくなっていた。

 媚薬を嗅いで理性を失った彼が謝罪したのはなんだったのか。特別だったといいながら、どうして脅すような真似をしてくるのか。
 いったいいつから、こんな下劣なことを考えていたのか。

(この人を、一瞬でも、少しはまともな人だと思ったなんて……!)

 恥じらいではなく、憤り赤くなったエレナに、クロードはなおも挑むように言う。

「“あれしきのこと”では揺らがなかった君としては、媚薬で乱れる姿を私に晒すのが口惜しいのかな。それとも、自分の作った薬に、不安でも?」
「っ……!」

 これだけ言われて逃げる気には到底なれなかった。
 彼にとってはエレナは暇つぶしの遊興に過ぎないのかもしれない。彼の真意など、もう知ったことではない。 

 エレナはひったくるようにクロードの手から小瓶を取り上げ、巻き付けていた葉を引きちぎり、勢いのままに木栓を抜いた。

 じっとクロードを見据える。彼も目を逸らしはしなかった。
 鋭く王子を射貫いたまま、エレナは一気に媚薬を呷った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...