異世界臨終録

星野大輔

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臨終録02:曾布川 次男

曾布川 次男(2)

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ふらふらとした足取りで山を下山する。
空を見上げれば赤い空が青い空を徐々に浸食してきていた。このまま黒く染め上げられる前に、寝場所を探さなければ、獣がいるかもしれない中で野宿となってしまう。
不思議な街を目にした後では、ここは最早日本ではないと決定づけていた。

これは現実ではない。自分の常識をもって安易に行動していては、死んでしまうかもしれない。命はひとつしかないのだから、万がひとつの危険も排除して行動すべきだ。
日常に危険が潜んでいることは、荒くれた社会に身を投じてきたからこそ知っていた。
日本ですら、裏路地ひとつ間違って入ってしまえば、殺意に満ちた世界へ迷い込んでしまう事だってある。

ここは違う世界だ。
なおさら、常識を疑って行動する必要がある。



町へ向かい緩やかな下り坂を歩くこと30分。
最低限、道として認識できる舗装された地面と、そこに寄り添うようにして所々朽ちかけた山小屋があった。

「……ったく、不幸なのか幸運なのか、わかんねぇな」

見知らぬ場所に飛ばされたと思えば、蜘蛛の糸のように現れた小屋と山道。

小屋に近づくと人の気配はしなかった。
見渡す限り地面から生え伸びている木々で作られたであろう木造小屋。
窓は木扉の観音開きで、半分開いている。中を覗けば薄暗くはあるが、静寂だけがあった。
人が使用した痕跡は少なくとも数年前のもので、外部から吹き込んできた小枝などが散乱していた。

今日、明日ここで過ごしたとしても、誰かがやってくることはなさそうだ。

改めて小屋の扉を開け中に入れば、最低限度の生活用品もそろっていた。
長年放置され汚れてはいるものの、何もないよりはマシだ。

「ぼろきれ……毛布なのか、これ?」

椅子なのか、ベッドなのか分からない、ちょうど人一人分の木組みの四本足。
その上に丸めて置かれていたくすんだ赤の布。日本であっては、毛布とはいいがたい薄さだ。

テーブルや食器棚はあったが、食べ物は何一つなかった。
あったとしてもとても食べれたものではないだろうが。

「せめて井戸のひとつや、川のひとつもあればいいんだが」

かつてないほどに体を動かし、体は水分を欲している。唾を飲み込むたびに張り付いた喉が痛む。
しかし山小屋があるくらいだから、水辺もそう遠くない場所にあるはずだろうと、曾布川は考えていた。
最悪、町に着けばどうにでもなることだ。

今は体力を温存するんだ。

外はまだ完全に暗くなる前であったが、固い木組みのベッドに体を横たえ、薄い毛布の中に潜り込んだ。
願わくば目を覚ました時に、木更津の自分の部屋でありますようにと、思いながら。


目を覚ますと、完全な暗闇の中にいた。
日本にいれば灯りのない場所など、普段生活する中においては探す方が難しい。
山小屋の朽ちた場所から仄かに漏れる灯りをもとに、小屋の外へ出る。

電灯などどこにもない、闇夜。
しかし思っていたよりも外は明るかった。
満月なのかと思い、空を見上げれば、そこには黒いベールが広がるばかり。衰えた目では星を捉えるのが少し難しいが、ちらほらと等級の大きいものは見えた。

「月はどこだ? 山の陰に隠れているのか?」

空を見渡すが、それらしき光源は見えなかった。

自分が知っている闇夜よりもほんのり明るく、黒というよりは群青といった色味。暗くはあるが山道であろうと歩くのも問題なさそうな明るさ。現代文明に慣れすぎて知らなかっただけで、本来夜というのはこんなにも明るかったのかもしれない。

今は何時だか分からない。腕時計もスマートフォンも手元にはなく、時間を確認するすべはない。
禿山に生えそろう枯れ木の隙間に目をやれば、暗闇が怪しく手招きしている。
夜明けを待たずして歩き出すのは危ない気がしていた。

すっかり頭は覚醒し、眠気は無くなっていたが、それでも小屋に戻り毛布にくるまると、じぃっと、日が昇るのを待つことにした。



気が付けば眠りに落ちていた。
すっかり小屋の中に陽の光は満ちており、朝の訪れを告げていた。

喉も乾き、腹も空いている。体は動きたくないと悲鳴を上げているが、それに抗わなければ死神が肩を叩くのもそう遠くない日になるだろう。
気合を入れるために、大声を出すと、凝り固まった体を奮起させ立ち上がった。

気温は若干寒くはあるが、春先の日本とそう変わりはなく、冬場であれば凍えてたであろう山小屋装備でも一晩過ごせた。気候は日本に準じたもので、少なくとも赤道直下のような常夏の国ではない。

重い足を引きづるように動かしながら、下山を始めた。
それから30分もしないうちに、川は見つかった。曾布川は疲れた体をどこかに置いて忘れたかのように、俊敏な動きで駆け寄り服が濡れるのも構わず、顔を川の中につけてがぶがぶと体に取り込んだ。
苦しいくらいまで飲み続け、喉はこれ以上は受け付けないと少しばかり吐き気を示した。

乾きが満たされると、今度は飢えの訴えが激しくなってくる。

曾布川は口を拭うと、黙々と登山道と思しき道を下った。



それから半日。
禿山は終わり、森を抜けると、遠くに童話のようなあの町並みが見えてきた。


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