おいでよ、最果ての村!

星野大輔

文字の大きさ
上 下
141 / 168
番外 ブンタの就職体験

ブンタの弟子入り

しおりを挟む


山脈を背後に望んだ街並みは、山々の稜線をなぞるように低い建物ばかりである。
山に沿うようにして北から南へと延びる街道だけがこの街へ至る道。
首都に見られるような年中お祭りのような活気は見受けられず、そこに住む者たちは、日々を安穏と暮らしている。

街道の宿場町ムーリヨカ。
町は十字に切られた大きな通りによって四つの区画に分かれている。
山に向かうに連れ細まっていく町の奥はほとんどが住宅地になっており、宿場として活気づいているのは町の入口付近のみ。
特に街道に面する場所は取り分け、旅人を主な客としている店々。

幅10mはあるだろう街道の両端にはずらりと店が並んでいる。
宿屋に食事処、旅道具の修理屋、武器屋に防具屋。
また馬車の相乗り場であったり、旅の用心棒を斡旋する組合もある。



朝日がまだ裏手の山の向こうに潜んでおり、今か今かと顔をださんとしている時分。
既にその予感は空を群青に染わたらせている。
多くの人達はまだ布団の中で夢世界に耽っているというのに、街道沿いの店々はちらほらと戸を開け始めていた。
この店だって例外ではない。
町に三軒ある武器屋のひとつ、「レッドバロン」。
街道の中間、丁度街の大通りと交わる箇所に店を構えており、比較的安価な武器を揃えている。

築数十年経つ店の戸はガタガタと引っかかりながら中々開かない。
「ふんっ」という掛け声とともに力任せに勢い良く開け放たれた戸からは、入り口よりも大きな巨体が少し屈みながらヌッと現れた。
スキンヘッドの頭と輪郭に沿う様に生えそろった髭、堀の深い目元、鋭い眼光、それらの様相にはとても似合わないブルーのエプロン。
武器屋「レッドバロン」の主人である。

左手には水の入った桶を携え、右手には柄杓を持っている。
毎朝、店前に水撒きするのが日課である。
街道は多くの馬車が行き交うため、踏み固められた土は乾燥しやすく砂埃が舞いやすい。
特にこの季節は山風が強く吹き荒れ、乾燥と相まって大気が黄色く染まることもある。

同じように他の店も、戸を開けると続いて水を撒き始めていた。
だというのに、武器屋の主人は戸口に立ったまま動こうとしない。
目の前に座り込む人物を見据えたまま、暫くの間無言が続いた。
二分待ってみたが目の前の人物は一向に退く気配は無く、主人は仕方なく話しかけた。

「・・・なあ、あんた。いい加減そこをどいてくれないか?」

短く刈られた髪の毛は彼の容貌を少しばかり幼く見せた。
強い眼光はしっかりと主人を見つめたまま、逸らそうとはしない。
腕を組み、あぐらをかいたその不遜な態度は、まるで喧嘩でも売っているかのよう。

いや、それはある意味正しく、彼は喧嘩を売っているようなものであった。

「嫌だね、あんたが弟子入りを認めてくれるまで、俺はここを退かない!」
「昨日も言ったが、ウチには人を雇う余裕なんてないよ。
 見ての通り小さな店構えだ、自分の食い扶持を稼ぐので精一杯さ。
 だから頼むから他所へ行ってくれないか?」

心底困ったように、手に持った柄杓の柄で頭をポリポリと掻く。




彼がやって来たのは昨日の昼。
店の前を行き交う馬車も増え始め、徐々に客足が伸び始めた頃である。

「たのもーーーーっ!!!」

大きな声と共に店に現れたのは一人の青年。
客は勿論、主人も突然の出来事に武器を磨いていた手を止めた。
盗賊かと一瞬怪しんだが、こんな堂々と現れる物盗りなど聞いたことが無い。
とても悪人の顔には見えないし、何より武器のひとつも持っていない。
であれば「たのもー」等と、まるで道場破りのような口上は一体何なのだろう。

主人は混乱する頭の中で色々と考えた末に「いらっしゃいませ」と、普段であれば当たり前だが、ここにきてそれは無いだろうというセリフを吐いた。

周囲の視線は一斉に青年へと向けられていたが、やがて耐えれなくなったのか徐々に目線が泳ぎ始めた。
先程の勢いは何だったのか、おずおずと店の中へ足を踏み入れ、主人のいるカウンターへと近寄った。
勢い余ってというやつだろうか、大勢の人の目にさらされる事に慣れてないこの姿こそ、彼の本来の性格なのだろうと主人は思った。
そう思うと青年のあの口上も微笑ましく思えるのだから面白い。

「どのような御用でしょうかお客様」

主人はやっといつも通りの精神状態へ落ち着いた。
青年は周囲を気にするようにして、主人に小声で話しかけてきた。

「あの、あなたがここの店のご主人でしょうか?」
「ええ、この店の従業員はわたし一人です」

青年はそれを聞くと、少し緊張した面持ちで「んんっ」と声の調子を整えた。
次の瞬間、青年は床に頭を擦り付け、命乞いでもするかの様に見事な土下座を披露した。

「お、お、俺を、俺を弟子にしてくださいっ!!!!」

登場時の口上ばりに大きな声で発せられた言葉は、またしても客と主人をポカンとさせた。

「で、弟子だって?」

今時弟子を取っているのは大手商会か、伝統工芸くらいなものだ。
こんな小さな商店に弟子入りするなんて話は聞いたことが無い。

主人は自身の店に誇りを持って仕事をしているが、誰かに憧れられるような立派なものではないことくらい弁えている。
正直な所、弟子入りするなら他店の「アシュルム」や「グーグニルン」のほうが余程店構えは立派だ。

「もう一度聞くが、弟子入りをしたいと言ったのかな?」
「はい、弟子入りをさせてください!」

地面に頭がめり込むんじゃないかと心配になるほど、青年は土下座を深くした。

「とりあえず土下座は止めてくれるかな、他のお客さんが何事かと思っちゃうからさ」
「それじゃ、弟子入りを認めてくれるってことか!?」
「いや、そんなこと一言も言ってないでしょ!
 無理だよ弟子を取るなんて!!」
「な、なぜだ、弟子入りは店の伝統なのでは!?
 はっ、もしかして既にお弟子さんがっ!????」
「いやいやいやいや、弟子なんて普通の店では取ってないし!
 そんな何百年も前の習慣、どこで聞いてきたんだっ!?」
「そ、そんな・・・」

愕然とした表情で膝から崩れ落ちた青年。
彼が再び動いたのは、それから十分後の事。

「弟子を取ってないことは分かった。
 だがそれを承知の上で、俺を弟子にしてくれっ!」
「いやいや、無理と言ったろ。
 そもそも人を雇う余裕もないんだ。
 済まないが人は足りている」
「いやだ、あんたが弟子にしてくれるまで、俺は此処を離れないっ!!!」

これが昨日の出来事である。




青年は店を閉めた後も店の前に居座り、こうして店を開けるまでの間、じっと待っていたのだ。
その情熱たるや、主人も心に来るものがあった。

とても悪人の顔には見えないし、何より武器のひとつも持っていない。
少し若くは見えるが青年の歳は30前後であろう。
その歳にして弟子入りとは何か訳ありなのは確かだ。
並々ならぬ決意のもと、こうして自分に頼み込んできている事を思うと主人は無碍に彼の情熱を払いのけられなくなっていた。

「どうしてもそこを退かないって言うのかい?」
「ああ」

主人が周囲を見渡すと、街道にもちらほらと人の往来が見え始めていた。
暗くなると旅をするのは難しい為、街道を使う旅人たちは空が明るみ始めた頃から活動を開始する。
あと一時間も経てば山の向こうから陽が昇り、人々の往来も本格的に激しくなるだろう。

昨日の騒動を思い出し主人は深く溜息をついた。
目の前の青年を見れば、いつまででも居座り続ける意志があることは明白だ。

主人は手に持った桶と柄杓を青年の前に置いた。
そのまま自分は店の中に入ろうとする。
戸口に立った所で、青年の方を振り返った。

「水撒きはその日最初の仕事だ。
 このあたりは乾燥が激しく砂埃が舞いやすいから、満遍なく水を撒くんだ。
 ただ街道を通る人にかからないように注意しろ。
 それが終わったら・・・戻ってこい。朝飯の時間だ」

青年は最初その言葉が何を意味するか分からなかったが、徐々にそれが彼を認めたものだと分かると笑顔を浮かべた。

「そ、それは、俺を弟子にしてくれるってことか?」

腰をあげて主人に詰め寄ろうとするが、長時間座り込んでいた為、足はすっかりしびれきってしまっていた。
青年は自由の効かない足をもつれさせながら、よろよろと立ち上がった。

「言っとくが、払ってやれる給料なんてないぞ。」
「勿論だ、そんなの一向に構わないっ!」
「びしばし遠慮なくお前を扱き使うぞ、容赦なんてしないぞ」
「覚悟の上、上等だ!」
「それと、言葉遣い!
 弟子が師匠にタメ口なんておかしいだろ。
 ・・・俺の名前はコーバン、武器屋「レッドバロン」の主人だ」
「お、俺は、俺の名前はブンタってい・・・言います!
 これからよろしくお願いいたします、師匠っ!!!」

こうして最果ての村の武器屋の主人ブンタの、就職体験が始まった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移ボーナス『EXPが1になる』で楽々レベルアップ!~フィールドダンジョン生成スキルで冒険もスローライフも謳歌しようと思います~

夢・風魔
ファンタジー
大学へと登校中に事故に巻き込まれて溺死したタクミは輪廻転生を司る神より「EXPが1になる」という、ハズレボーナスを貰って異世界に転移した。 が、このボーナス。実は「獲得経験値が1になる」のと同時に、「次のLVupに必要な経験値も1になる」という代物だった。 それを知ったタクミは激弱モンスターでレベルを上げ、あっさりダンジョンを突破。地上に出たが、そこは小さな小さな小島だった。 漂流していた美少女魔族のルーシェを救出し、彼女を連れてダンジョン攻略に乗り出す。そしてボスモンスターを倒して得たのは「フィールドダンジョン生成」スキルだった。 生成ダンジョンでスローライフ。既存ダンジョンで異世界冒険。 タクミが第二の人生を謳歌する、そんな物語。 *カクヨム先行公開

【短編版】神獣連れの契約妃※連載版は作品一覧をご覧ください※

ファンタジー
*連載版を始めております。作品一覧をご覧ください。続きをと多くお声かけいただきありがとうございました。 神獣ヴァレンの守護を受けるロザリアは、幼い頃にその加護を期待され、王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、やがて王子の従妹である公爵令嬢から嫌がらせが始まる。主の資質がないとメイドを取り上げられ、将来の王妃だからと仕事を押し付けられ、一方で公爵令嬢がまるで婚約者であるかのようにふるまう、そんな日々をヴァレンと共にたくましく耐え抜いてきた。 そんなロザリアに王子が告げたのは、「君との婚約では加護を感じなかったが、公爵令嬢が神獣の守護を受けると判明したので、彼女と結婚する」という無情な宣告だった。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

転生したら捕らえられてました。

アクエリア
ファンタジー
~あらすじ~ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 目を覚ますと薄暗い牢獄にいた主人公。 思い付きで魔法を使ってみると、なんと成功してしまった! 牢獄から脱出し騎士団の人たちに保護され、新たな生活を送り始めるも、なかなか平穏は訪れない… 転生少女のチートを駆使したファンタジーライフ! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 見切り発車なので途中キャラぶれの可能性があります。 感想やご指摘、話のリクエストなど待ってます(*^▽^*) これからは不定期更新になります。なかなか内容が思いつかなくて…すみません

3521回目の異世界転生 〜無双人生にも飽き飽きしてきたので目立たぬように生きていきます〜

I.G
ファンタジー
神様と名乗るおじいさんに転生させられること3521回。 レベル、ステータス、その他もろもろ 最強の力を身につけてきた服部隼人いう名の転生者がいた。 彼の役目は異世界の危機を救うこと。 異世界の危機を救っては、また別の異世界へと転生を繰り返す日々を送っていた。 彼はそんな人生で何よりも 人との別れの連続が辛かった。 だから彼は誰とも仲良くならないように、目立たない回復職で、ほそぼそと異世界を救おうと決意する。 しかし、彼は自分の強さを強すぎる が故に、隠しきることができない。 そしてまた、この異世界でも、 服部隼人の強さが人々にばれていく のだった。

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...