上 下
2 / 6

2.まずはお寛ぎ下さい

しおりを挟む
「お好きな席へどうぞ」

ホールには、いくつかの円卓が用意され、中心に菓子やフルーツ、小分けにされた料理が。席の前にはカップがセットされていた。
お好きな席へと言われたが、仲が良い者同士で固まってどの席にするか迷うものだから、入った扉付近に殆どが集まってしまう。
そいつらが座るのを待ってられない。
俺は一人だから、最後に空いた席に座って気まずい思いをする前に、判断の早いグループに混じってさっと座ってしまう事にする。案の定、四人の女子グループが、最後に残った3席と1席の空席を前に、どう別れるかうだうだとしていた。
俺は気にせず、それぞれの卓で配膳してくれる男女の様子を観察していた。

「…ご不安のようでしたら、私共が毒味をさせていただきますよ」

観察していたのがそう見えたのか、俺たちより少し年上の綺麗なお姉さんが、銀の匙を手ににっこり笑って側に立っていた。
なんと答えたら良いのかわからなくて、思わず頷いたら、お姉さんは目の前に置かれていたお茶に銀の匙を入れて一匙すくい、そのままパクりと自分の口に入れた。
こくりと喉をならして、また微笑みながら俺を見る。

「いかがでございましょう」
「ーカップについてるって事もある」
「では失礼して、そのまま毒味をさせて頂いても?」

思ってもみなかったが、毒殺の可能性もあるのだと今さら気づいた。
警戒していなかった事を誤魔化した俺の言葉に、お姉さんはにっこり笑ったままだった。
これも想定内か。

「いや、いいよ。言ってみただけだから」

俺のように、周りを確認してもなおグズグズとしている奴らがいれば、円卓の対面に座るクラスメイトのように迷わずがっつく奴もいる。
お姉さんがこれ以上しなくても、毒味はとっくに為されてるじゃないか。まさか、俺だけこの場でって事もないだろう。
俺は手でお姉さんの動きを制して、自分用のカップを手にとりためらわずに飲んだ。

うん、まあ、うまい。

「お姉さん、お姉さん!じゃあ、俺のを毒味してよ!」

真っ先にがっついていた「愛すべき天然馬鹿」、朽木タクマが、目の前で急いで飲み干した空のカップを差し出している。
その隣に座る朽木の幼馴染、「THE委員長」の新城悠一がため息をついてメガネの位置を直している。

「タクマ。飲み干してから毒味しても、意味がないだろう」
「だから、おかわりをお姉さんに毒味してもらうんだよ」

もちろんカップから飲んで良いよと、下心を素直に出す朽木に、新城と俺以外の同席者は呆れを通り越して、可愛らしい者を愛でるような微笑ましい雰囲気になった。さすがは「愛すべき天然馬鹿」。

そして、朽木のお願いの声は、意外に大きかったらしい。
新たにお茶を満たした朽木のカップから、願い通りにお姉さんが直に口をつけて毒味する姿をみた他の奴らが、己の卓につく担当のお姉さんに毒味をお願いし始めた。

そんな奴らの姿に、ドン引きの女子たち。いや、逆に配膳するイケメンお兄さんに毒味をお願いする猛者もいるな。相方が頼もうとして険悪になってるカップルは……それこそ知った事じゃない。

とにもかくにも、俺達の雰囲気は随分と和やかな者になっている。
美味いお茶と食べ物、見目麗しいお世話係の丁寧なもてなし。殆どがあっという間に警戒を解く。全くもってチョロい 。

だが、リラックスした俺達には、あちらの話に耳を傾けられる余裕がうまれる。
これがあちら側の狙いなんだろう。

「ー落ち着かれましたかな。皆さま」

トンと音がして、先程のイケメン中年男性の声が響く。
途端に静まり返った俺たちは、扉の対面になる部屋の奥に姿を現した彼に視線を投げた。
その視線を浴びた彼は動じる事もなく、むしろ、にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべている。

「皆様に、改めてお詫びと感謝を。そして、これから事情をお話させて頂きます」

その話が、このような誠実なもてなしに見合ったものであれば良いけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...