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第60話 レインデルス領
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雨の音は好きだ。
朝目が覚めて、お兄さんと会えなかったことにがっかりするけれど、テントを叩く雨のぽつぽつという音に二度寝をしたくなった。それほど激しい雨じゃなくて、しとしと、という感じ。心が安らぐ。
と、思いながらわたし作成の布団の中でごろごろしていると、マルガリータが乱暴に毛布を跳ね上げて機械仕掛けのように起き上がった。
「さあシルフィア様、いつものように『らじお体操』とかいうやつのお時間です!」
「……雨だから休むぅ……」
「あ、解りました」
即座にマルガリータが毛布をかぶってわたしの横で寝た。単純でいいねえ、わたしの守護者は。
しかし、ヴェロニカが朝食を作るために起き出したので、わたしもお手伝いのために目を開けた。
「わたしたちが今いるのは、この辺りですね」
食材が尽きているので、魔力原料による焼き立てパンとベーコンエッグ、シチューという残念な味の食事が終わると、マルガリータがテーブルの上に地図を広げてそう言った。
「エディットさんたちがいた街はここ」
彼女の手袋に覆われた指先が小さな街を指さしている。大きな街だと思ったけれど、地図で見てみるとかなり小さく感じた。
昨日は結局、就寝用のためのテントを三つ作って設置し、その真ん中に竈と雨避けのテントを置いている。そこに大きなテーブルと椅子を置いたわけだ。
ちょっとゴージャスなキャンプといった感じ。
だから、結構くつろぎながらゆっくりできる。
「神殿からそんなに離れてないんだねえ」
わたしはお茶を啜りながら地図を見下ろして唸る。
いや、離れていないってわけじゃなくて、この世界が広いんだろうか。
わたしたちがいた南の竜の神殿は、辺りが森に覆われた場所にある。
そこから、いくつかの村を挟んでレインデルス家がある大きな街があるわけだ。確かにその街は大きかった。レインデルス家の力を感じることができるくらいには。
しかし、わたしが気になったのはそこではなくて。
王都と呼ばれる場所はもっと遠く、他の貴族の領地もいくつもあって、わたしは内心で「おいおいおい」と言うしかなかった。
ちょっと待って、こんなに広いところを魔力を注ぎながら巡回するのか。どれだけかかるの?
と、呆然としたわけだ。
王都からさらに北上していくと、また別の貴族の領地。
そして、広大な海が広がり、そこを北上していくと別の大地があって、そこからフェルディナント様とやらの管理地域に入る。フェルディナント様とやらが住んでいる神殿は、さらに遠く。
何だかそのことにほっとしている自分がいる。
できればこのまま、お互い、遠くで幸せになりたいと感じるくらいだ。
「ここは何?」
わたしはしばらく呆然とした後、広大な海の外れに奇妙な大地があることに気づく。そこはわたし――白竜神の管理地域でもなく、黒竜神のものでもないようだ。
「ああ、そこは魔族と精霊の住む大地です」
マルガリータがさらりとそう言って、わたしは首を傾げる。
「魔族……って、魔物とは違うわけよね?」
「はい。神の加護を受けていない存在というか。知能は高いですが、まあ、凶暴であることも有名ですかね。でも彼らはそこで幸せに暮らしていると思いますから大丈夫ですよ。こちらを襲ってくることはありません」
「そ、そうなの?」
「多分」
「多分か……」
「彼らは魔法が得意でしてね。実はそこに、有名な魔法学校があるんです。たまに、凄い魔法使いになりたいと思う人間がその学校に通うこともあります」
「何それ楽しそう」
わたしは勝手に頭の中で某有名なファンタジー小説を思い出して心をときめかせた。
そのうち行ってみたいな、とも思ったけれど。
マルガリータいわく、自分の領地を留守にする神様がどこにいるんですか? だそうで。
そりゃそうですね。残念。
「でもさ、マルちゃん」
わたしは気を取り直して話を変えた。「それは別としても、これだけ世界が広いなら移動が大変すぎるよ。何か、あっという間に次の街に行けるようなシステムを作るべきでは?」
「システム……」
「新幹線とか!」
「しんかんせん……調べてき」
「いやいやいや、調べなくてもいいよ!?」
椅子から立ち上がったマルガリータの腕を掴んで引き戻し、また椅子に座らせる。
新幹線じゃなくて、何て言ったらいいだろうか。
「魔導……馬車? みたいな?」
首を傾げつつ、必死に言葉を探す。「今もマルちゃんは馬とか荷馬車とかに魔法をかけてくれて、スピードを上げてくれてるけどさ。こういう道がごつごつしているところは走るのも大変だし、時間もかかるでしょ? 何て言ったらいいかな……馬車が走る、専用の道を地面じゃなくて空に作るとかさ? 上り線、下り線みたいなのを作って事故防止もしてさ……」
最終的には一般人も使えるようにすればいいんじゃないかな、とか。
駅も作って、乗車賃をもらうシステムにするとか。
仕事を探している難民とかいたら、そこで働かせるとか。
などという夢物語を必死に説明していると、マルガリータが腕を組んで唸り始めた。
「……今は魔力不足で無理かもしれませんが、そのうち、作ってみましょうか」
そう彼女が言ってくれたから、ちょっとだけ嬉しくなる。
でもまあ、随分と先になりそうだな、と思った辺りで、空がゆっくりと明るくなり始めた。
わたしが立ち上がって雨避けテントの外に出ると、雨がやんで雲に切れ間が見え始めていた。
まだ午前中の早い時間。
今から出発すれば、陽が沈む前に次の街に移動できるかもしれない。そう思ってみんなにそう伝えると、あっという間に全員が行動を始めた。
魔力で作り出したテントは全部回収、そして魔力回復。
元気になったわたしはまた荷馬車の中の人……竜神になった。神歌を歌うヴェロニカに合わせてアコーディオンを弾きつつ、魔力を振りまきながら移動する。
エディットの屋敷に日帰りなんてことを考えていた自分の甘さを実感しつつも、その日の夕方、レインデルス家のある街に到着した我々なのだった。
ただ、その巨大な街を遠くから見ただけで異変を感じることができる。
街をぐるりと取り囲む高い塀で建物の様子は見えないけれど、夕暮れ時の空に向かって黒い煙が色々なところから立ち上っている。
「何、あれ?」
わたしは荷台の上から身体を乗り出して呟く。
すると、荷馬車と並走しているシャークさんが困ったように首を傾げた。
「何か……火事なのか、焼かれているのか」
「焼かれている?」
何となく背筋がぞわりとするものを感じてそう言葉を繰り返すと、彼は小さく頷いた。
「疫病なら死体は埋めずに焼きますから」
「おおう……」
さすがにヴェロニカの神歌も途切れ、蒼白になった顔を街の方向へ向けている。
とにかく、実際に街の様子を見てからでないと判断はできないだろう。わたしたちは気が付いたら全員無口となり、ただその街――バルトリンクへ足を踏み入れることになった。
村へ入る大きな門は、開け放たれたままだった。門番さんが通常ならいるであろう詰所は無人で、あまりにも呆気なくその中に入ることができる。
でもすぐに、門から続く大通り沿いに人の姿を見かけることができた。
この街の住人なのだろうか、質素な服に身を包んだ三十代後半の男性だ。その顔は険しく、大通り沿いの商店街の前で、ただ空へ立ち上る煙を見上げているだけだ。
「こんにちは」
わたしは思い切って、彼に声をかけてみることにした。「すみません、何かあったんですか?」
「え?」
そこで、彼は警戒したような瞳をこちらに向ける。
護衛五人、荷馬車の御者台には武装した女戦士、荷台の上には少女二人が乗っているという感じの我々。
「旅人か?」
彼は少しだけ、その目に猜疑心のようなものを浮かべつつも、少しだけほっとしたように見えた。
「はい。宿も取りたいし、食べ物とかも買いたいんですけど」
わたしがそう頷いて見せると、彼は申し訳なさそうに微笑んだ。
「そりゃ残念だな。この街で疫病が出て、ほとんどの人間は逃げてしまったんだよ」
――うん、それは知ってる。
「疫病?」
しかし、わたしは怯えたように振る舞って見せる。目指せ演技派女優、わたしはやればできる子である。多分。
「ああ。ここの領主様のところでちょっとな……。だから、若いもんは別の村に逃げたし……宿屋はこの大通り沿いにもいくつかあるが、やってるかどうか解らないな。宿屋以外も休業しているところが多い」
「そうなんですか」
わたしはそこで荷台から降りて、ちょっとだけ彼に近づいて彼が見ていた方向の空を見上げた。
煙が上がっているのはそんなに遠くはないらしく、ここにいても少しだけ焦げ臭い香りが漂ってきている。
「疫病が怖いならここに泊まるのはお勧めしないが……もう夜だなあ」
こうやって話をしている間にも、空の色はどんどん暗くなってきている。煙の色も空に溶け込んで見えなくなるまであともう少しだろう。
とりあえず宿屋とやらが営業しているか見てくるか、と思いながら荷馬車の方へ目をやった時、その男性は言葉を続けた。
「もし宿屋がやってないようだったら、またここにくるといい。うちは一人暮らしだが、家はそれなりに広いから部屋は余ってる。ベッドは足りないが……な」
おお、何ていい人だ!
わたしが感謝の目で彼を見上げると、苦笑が返ってきた。
「ベッドが足りないって言ったからな? あまり期待されると困るんだが」
「いいんです! ありがとうございます! 泊るところがなかったら助けてください! でもちょっと、まずはこの街で何があったのか知りたいし、色々見てきますね!」
わたしがにへら、と笑って言うと彼の苦笑がさらに濃くなった。
「……何があったかと言われたら、まあ、説明は難しいな。ただ、疫病が出たのは領主様のところだけでな。その領主様とその奥方は死んだし、その遺体は今焼かれてる。領主様の娘とやらは……王都からきた魔術師団に連れていかれた。だから、疫病持ちはこの街からいなくなった、と信じたいな」
「え?」
「連れていかれた!?」
その話に食いついたのは当然のことながらヴェロニカだ。気が付いたらわたしの横に立って、その男性に問い詰めようとしていた。
っていうか、本当に何が起きてるの?
朝目が覚めて、お兄さんと会えなかったことにがっかりするけれど、テントを叩く雨のぽつぽつという音に二度寝をしたくなった。それほど激しい雨じゃなくて、しとしと、という感じ。心が安らぐ。
と、思いながらわたし作成の布団の中でごろごろしていると、マルガリータが乱暴に毛布を跳ね上げて機械仕掛けのように起き上がった。
「さあシルフィア様、いつものように『らじお体操』とかいうやつのお時間です!」
「……雨だから休むぅ……」
「あ、解りました」
即座にマルガリータが毛布をかぶってわたしの横で寝た。単純でいいねえ、わたしの守護者は。
しかし、ヴェロニカが朝食を作るために起き出したので、わたしもお手伝いのために目を開けた。
「わたしたちが今いるのは、この辺りですね」
食材が尽きているので、魔力原料による焼き立てパンとベーコンエッグ、シチューという残念な味の食事が終わると、マルガリータがテーブルの上に地図を広げてそう言った。
「エディットさんたちがいた街はここ」
彼女の手袋に覆われた指先が小さな街を指さしている。大きな街だと思ったけれど、地図で見てみるとかなり小さく感じた。
昨日は結局、就寝用のためのテントを三つ作って設置し、その真ん中に竈と雨避けのテントを置いている。そこに大きなテーブルと椅子を置いたわけだ。
ちょっとゴージャスなキャンプといった感じ。
だから、結構くつろぎながらゆっくりできる。
「神殿からそんなに離れてないんだねえ」
わたしはお茶を啜りながら地図を見下ろして唸る。
いや、離れていないってわけじゃなくて、この世界が広いんだろうか。
わたしたちがいた南の竜の神殿は、辺りが森に覆われた場所にある。
そこから、いくつかの村を挟んでレインデルス家がある大きな街があるわけだ。確かにその街は大きかった。レインデルス家の力を感じることができるくらいには。
しかし、わたしが気になったのはそこではなくて。
王都と呼ばれる場所はもっと遠く、他の貴族の領地もいくつもあって、わたしは内心で「おいおいおい」と言うしかなかった。
ちょっと待って、こんなに広いところを魔力を注ぎながら巡回するのか。どれだけかかるの?
と、呆然としたわけだ。
王都からさらに北上していくと、また別の貴族の領地。
そして、広大な海が広がり、そこを北上していくと別の大地があって、そこからフェルディナント様とやらの管理地域に入る。フェルディナント様とやらが住んでいる神殿は、さらに遠く。
何だかそのことにほっとしている自分がいる。
できればこのまま、お互い、遠くで幸せになりたいと感じるくらいだ。
「ここは何?」
わたしはしばらく呆然とした後、広大な海の外れに奇妙な大地があることに気づく。そこはわたし――白竜神の管理地域でもなく、黒竜神のものでもないようだ。
「ああ、そこは魔族と精霊の住む大地です」
マルガリータがさらりとそう言って、わたしは首を傾げる。
「魔族……って、魔物とは違うわけよね?」
「はい。神の加護を受けていない存在というか。知能は高いですが、まあ、凶暴であることも有名ですかね。でも彼らはそこで幸せに暮らしていると思いますから大丈夫ですよ。こちらを襲ってくることはありません」
「そ、そうなの?」
「多分」
「多分か……」
「彼らは魔法が得意でしてね。実はそこに、有名な魔法学校があるんです。たまに、凄い魔法使いになりたいと思う人間がその学校に通うこともあります」
「何それ楽しそう」
わたしは勝手に頭の中で某有名なファンタジー小説を思い出して心をときめかせた。
そのうち行ってみたいな、とも思ったけれど。
マルガリータいわく、自分の領地を留守にする神様がどこにいるんですか? だそうで。
そりゃそうですね。残念。
「でもさ、マルちゃん」
わたしは気を取り直して話を変えた。「それは別としても、これだけ世界が広いなら移動が大変すぎるよ。何か、あっという間に次の街に行けるようなシステムを作るべきでは?」
「システム……」
「新幹線とか!」
「しんかんせん……調べてき」
「いやいやいや、調べなくてもいいよ!?」
椅子から立ち上がったマルガリータの腕を掴んで引き戻し、また椅子に座らせる。
新幹線じゃなくて、何て言ったらいいだろうか。
「魔導……馬車? みたいな?」
首を傾げつつ、必死に言葉を探す。「今もマルちゃんは馬とか荷馬車とかに魔法をかけてくれて、スピードを上げてくれてるけどさ。こういう道がごつごつしているところは走るのも大変だし、時間もかかるでしょ? 何て言ったらいいかな……馬車が走る、専用の道を地面じゃなくて空に作るとかさ? 上り線、下り線みたいなのを作って事故防止もしてさ……」
最終的には一般人も使えるようにすればいいんじゃないかな、とか。
駅も作って、乗車賃をもらうシステムにするとか。
仕事を探している難民とかいたら、そこで働かせるとか。
などという夢物語を必死に説明していると、マルガリータが腕を組んで唸り始めた。
「……今は魔力不足で無理かもしれませんが、そのうち、作ってみましょうか」
そう彼女が言ってくれたから、ちょっとだけ嬉しくなる。
でもまあ、随分と先になりそうだな、と思った辺りで、空がゆっくりと明るくなり始めた。
わたしが立ち上がって雨避けテントの外に出ると、雨がやんで雲に切れ間が見え始めていた。
まだ午前中の早い時間。
今から出発すれば、陽が沈む前に次の街に移動できるかもしれない。そう思ってみんなにそう伝えると、あっという間に全員が行動を始めた。
魔力で作り出したテントは全部回収、そして魔力回復。
元気になったわたしはまた荷馬車の中の人……竜神になった。神歌を歌うヴェロニカに合わせてアコーディオンを弾きつつ、魔力を振りまきながら移動する。
エディットの屋敷に日帰りなんてことを考えていた自分の甘さを実感しつつも、その日の夕方、レインデルス家のある街に到着した我々なのだった。
ただ、その巨大な街を遠くから見ただけで異変を感じることができる。
街をぐるりと取り囲む高い塀で建物の様子は見えないけれど、夕暮れ時の空に向かって黒い煙が色々なところから立ち上っている。
「何、あれ?」
わたしは荷台の上から身体を乗り出して呟く。
すると、荷馬車と並走しているシャークさんが困ったように首を傾げた。
「何か……火事なのか、焼かれているのか」
「焼かれている?」
何となく背筋がぞわりとするものを感じてそう言葉を繰り返すと、彼は小さく頷いた。
「疫病なら死体は埋めずに焼きますから」
「おおう……」
さすがにヴェロニカの神歌も途切れ、蒼白になった顔を街の方向へ向けている。
とにかく、実際に街の様子を見てからでないと判断はできないだろう。わたしたちは気が付いたら全員無口となり、ただその街――バルトリンクへ足を踏み入れることになった。
村へ入る大きな門は、開け放たれたままだった。門番さんが通常ならいるであろう詰所は無人で、あまりにも呆気なくその中に入ることができる。
でもすぐに、門から続く大通り沿いに人の姿を見かけることができた。
この街の住人なのだろうか、質素な服に身を包んだ三十代後半の男性だ。その顔は険しく、大通り沿いの商店街の前で、ただ空へ立ち上る煙を見上げているだけだ。
「こんにちは」
わたしは思い切って、彼に声をかけてみることにした。「すみません、何かあったんですか?」
「え?」
そこで、彼は警戒したような瞳をこちらに向ける。
護衛五人、荷馬車の御者台には武装した女戦士、荷台の上には少女二人が乗っているという感じの我々。
「旅人か?」
彼は少しだけ、その目に猜疑心のようなものを浮かべつつも、少しだけほっとしたように見えた。
「はい。宿も取りたいし、食べ物とかも買いたいんですけど」
わたしがそう頷いて見せると、彼は申し訳なさそうに微笑んだ。
「そりゃ残念だな。この街で疫病が出て、ほとんどの人間は逃げてしまったんだよ」
――うん、それは知ってる。
「疫病?」
しかし、わたしは怯えたように振る舞って見せる。目指せ演技派女優、わたしはやればできる子である。多分。
「ああ。ここの領主様のところでちょっとな……。だから、若いもんは別の村に逃げたし……宿屋はこの大通り沿いにもいくつかあるが、やってるかどうか解らないな。宿屋以外も休業しているところが多い」
「そうなんですか」
わたしはそこで荷台から降りて、ちょっとだけ彼に近づいて彼が見ていた方向の空を見上げた。
煙が上がっているのはそんなに遠くはないらしく、ここにいても少しだけ焦げ臭い香りが漂ってきている。
「疫病が怖いならここに泊まるのはお勧めしないが……もう夜だなあ」
こうやって話をしている間にも、空の色はどんどん暗くなってきている。煙の色も空に溶け込んで見えなくなるまであともう少しだろう。
とりあえず宿屋とやらが営業しているか見てくるか、と思いながら荷馬車の方へ目をやった時、その男性は言葉を続けた。
「もし宿屋がやってないようだったら、またここにくるといい。うちは一人暮らしだが、家はそれなりに広いから部屋は余ってる。ベッドは足りないが……な」
おお、何ていい人だ!
わたしが感謝の目で彼を見上げると、苦笑が返ってきた。
「ベッドが足りないって言ったからな? あまり期待されると困るんだが」
「いいんです! ありがとうございます! 泊るところがなかったら助けてください! でもちょっと、まずはこの街で何があったのか知りたいし、色々見てきますね!」
わたしがにへら、と笑って言うと彼の苦笑がさらに濃くなった。
「……何があったかと言われたら、まあ、説明は難しいな。ただ、疫病が出たのは領主様のところだけでな。その領主様とその奥方は死んだし、その遺体は今焼かれてる。領主様の娘とやらは……王都からきた魔術師団に連れていかれた。だから、疫病持ちはこの街からいなくなった、と信じたいな」
「え?」
「連れていかれた!?」
その話に食いついたのは当然のことながらヴェロニカだ。気が付いたらわたしの横に立って、その男性に問い詰めようとしていた。
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