夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第48話 醤油は凄い?

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 よし、そこでキス!

 とまでは言えなかったけれど、クラヴィスの練習室の中にはほんわかしたようなピンク色の空気が漂っていて、何だか浮かされて変なことを叫びだしたい気分だった。
 だって、目の前でカップル成立、みたいな感じになってるわけだし!
 メンデルスゾーンの結婚行進曲も、無駄にテンションが上がるし。まあ、わたしが知ってる楽譜は少し簡単なアレンジのやつだから、派手さは控えめだけど。

 っていうか、メンデルスゾーンって凄いんだよ。この曲だって確か、十七歳の頃に作曲したはずだ。自分は十七歳の頃に何をやっていただろう? ただ学校行って必要最低限の勉強をして、本を読んだりテレビを見たり。それもまた自分の人生の一部だけれど、もっと何かやっていたら変化したことがあるんだろうかって思ってしまう。
 才能の開花なんてものは年齢なんて関係ないと思っているけれど、やっぱり何かきっかけがあると思う。
 ただ単に、何かをやりたい、と願う気持ちだけかもしれないし。
 義務感で始めたことかもしれない。

 でもそこには必ず努力とか下積みの部分があると思っている。頑張ったら報われるとは言い切れないけれど、わたしは報われる世界であって欲しいというか。
 うん、上手く言えないのがもどかしいけれど。

 今日の昼間、エリクに街の中を案内してもらいながら思ったのだ。
 どうも、街に暮らす人々に覇気が感じられない。
 最初に立ち寄った村よりもずっと大きくて、発展している街なのに、どこか空気が淀んでいると言うか、目に力がないと言うか。

「魔力や魔素の減少が人間に影響を与えているんですよ」
 マルガリータはわたしの疑問にそう応えてくれた。「だって、誰しも健康でなければやる気なんてでないでしょ? 日々の生活だけで精一杯。そういう世界なんですよ、ここは」
 ――そういう世界。
 邪気のないマルガリータの声が、どこか他人事のように感じて厭だった。
 だから、ちょっと頑張ってしまったのだ。
 口実は『売り物であるアコーディオンに興味を持ってもらうため』だったけれど、大広場で演奏を始めたのは、わたしの魔力の大量放出が目的だ。身体が育ってきたせいか、魔力を多少使っただけでは全く疲れを感じなくなったし、今回は少しだけ疲労感が出るまでやった。

 マルガリータもわたしの考えていることを察してくれたようで、できるだけ街の人たちが家から出てきてくれるよう、花火まで上げてくれた。昼間の花火っていうのはあまり目立たないのかもしれないけれど、それでもお祭りみたいで楽しかった。
 ヴェロニカも手伝ってくれて、街の人たちが興味を持つような歌を歌ってくれて、盛り上がってきたところで神歌。

 変化が目に見えて解るって、どんな気持ちだと思う?
 本当に凄かったし嬉しかった。
 生気の感じられない表情の人に笑顔が浮かんだり、大地に浸透していくわたしの魔力を受けて、彼らが元気になっていくのは幸せだと感じた。

 エリクだってそうだ。
 彼は真面目な少年だけれども、どこか後ろ向きというか、何かを諦めているような雰囲気があったから。
 彼が神歌を聴いて、その表情を引き締めたから――何か変化があるんじゃないかって期待したのだ。エディットとの間に感じられた壁のようなものが消えてくれたら、と願っていたし。
 だって二人とも、まだ若くて可能性の塊なのだ。
 貴族だからとか平民だからとか言って、逃げてしまいそうなところを取っ払ってしまったら、二人ともお似合いの関係になれると思った。

 そして大成功である。
 まさにわたし、恋のキューピッドってやつじゃない? って思ってしまう。
 自分の恋愛は上手くいった試しはないけどね!

「問題はお母さまかなあ……」
 ピンク色の二人はしばらくほんわかしていて邪魔したくなかったのだけれど、夕食前にクラヴィスの練習を済ませておきたかったからエディットを促して椅子に座らせた。そして、練習を始めた直後からエディットはそう口を開いた。
「問題か」
 わたしはエディットの右側に立って、確かになあ、と暗鬱たる気分になった。
 前世からの経験によると、ああいうタイプは人の意見を聞かない。どうやったらいいのか。
「ああ、きっと大丈夫ですよ」
 そこに口を挟んだのは、甲冑姿で椅子に座ってくつろいでいるマルガリータで、相変わらず甲冑の面を下げたまま器用にエリクの持ってきたお茶を飲んでいる。
「大丈夫って?」
 わたしがそちらに視線を向けると、彼女はちっちっと指を振りながら言った。
「ほら、このお屋敷にはシルフィア様の渡した醤油があるじゃないですか。それで万事解決です」

 ――意味解らん。

 そうは思ったけれど、どうやらわたしの魔力の入った食事を取ることで、何か変化があると言いたかったようだ。
 そして事実、夕食の場でそれを実感することになる。

「アコーディオンの問い合わせが商会に来ていると聞いた」
 日が暮れて、豪華な食事を目の前にそう切り出したのはエディットの父親、ジョセフさん。「街で演奏をしてくれたとも聞いている。実はもう、数台売れているんだよ」
「え、本当ですか」
 わたしが驚いてそう言いながら、ジョセフさんの目が凄く輝いているのにも気が付いた。声に入る熱が昨日とは全然違った。
「君たちから買い取ったアコーディオンは少ないんだが、あとどのくらい用意できるだろうか。できれば、うちが専売ということで取り扱いをしたい」
「んー」

 まあ、ぶっちゃけ、わたしの魔力次第だ。
 ただ、この街に滞在中に作り出すのはちょっと不安だ。わたしたちが魔法を使うというのは彼らにもバレているけれど、さすがに能力が高すぎると痛くない腹を探られることになる。

「……また自分の住んでいるところに戻って、用意してこないとですけど。まあ、次はもっと持ってこられますよ」
 無難にそう返すと、ジョセフさんは顎を撫でながら考えこんだ。
「では、他に面白い商品がありそうならそれも持ってきてもらいたい」

 ――他に、か。
 タンバリンとかボンゴとかでも売れるだろうか。打楽器はこの世界でどんなのが使われているんだろう。

 そんな内容の会話をしていると、エディットの母親であるミッシェルさんは少しだけ眉根を寄せて口を挟んできた。
「エディットのクラヴィスの先生でもあるのでしょう? あまりそういう仕事関係のの話をされても……」
「大丈夫よ」
 そこにエディットが恐る恐るといった様子で会話に参戦した。「今日も教えてもらって、凄く勉強になったし、後は自習でもいいし。シルフィアたちには自由に動いてもらっても問題はないと思うから」
「自習?」
 瞬時に表情が険しくなるミッシェルさん。
 でも、そこでジョセフさんは昨日とは全く違った様子で笑いながら言った。
「ずっと先生として彼女たちに張り付いてもらわなくても、エディットは頑張れるはずだよ。真面目ないい子なんだから、もうちょっと温かく見守ってあげたらどうかな」

 わたしは彼女が怒るのではないかと少しだけ不安だった。
 ミッシェルさんはエディットの教育に熱心だから。

 でも。

「……そうね」
 彼女は悩みながら頷いて見せた。それに驚いたのはエディットと彼女の父親。
「え?」
「いいの?」
 二人のそんな戸惑いに少しだけ気まずそうに目を伏せたミッシェルさんだけれど、すぐにぎこちなく微笑んで見せた。
「少しわたしも、厳しくしすぎたと反省したのよ。何だか自分でもよく解らないのだけれど、エディットは……よくやっていると思うのは事実だしね」

「奇跡!」
 和風ドレッシングをかけたサラダや醤油ベースのソースをかけたステーキといった、魔力を与えてくれる食事を終えた後、エディットが廊下に出て両腕を開きながら感嘆の声を上げた。「あのお母様が! 優しい! 褒めてくれた! 奇跡!」
 その独特なポーズは、どこかマルガリータに似ていた。
 マルガリータの動きは強烈だし印象に残るけれど、影響を受けるのが早すぎじゃないですかね、エディットさん?
「よかったですね、お嬢様」
 おそらく仕事モードに切り替わってしまったのだろう、敬語になったエリクがそう声をかけると、エディットは少しだけ目元を赤く染めて頷いた。
「うん。何だか、こういうの久しぶりすぎて嬉しい。お父様とお母様が笑顔で話をしているの、どのくらいぶりかな」

 はー、醤油凄いな。
 いや、わたしの魔力のせいだから厳密にいえば醤油じゃないけど。わたしの魔力さえ混じっていれば、何でもいいのだ。スパイスだろうと野菜だろうと肉類だろうと効果は変わらない。
 どうやら魔素、魔力不足で精神的に不安定になっている人も、これで改善するっていうんだから薬やサプリみたいなものか。

 でも、彼らに疑惑を持たれないようにマルガリータはこう言った。
「シルフィア様の持ってきたあの調味料、健康にいいですからねえ。不健康な生活をしていると、カリカリしちゃうものでしょ? 人の話なんて聞いてられないですし、自分の意見を無理にでも通そうってムキになってたのかもしれないですよ? でもこれで、家庭が上手くいけばいいですねえ」
「え、本当? 健康にいいの?」
 エディットが大真面目にそう返したから、慌ててわたしは首を横に振った。
「塩分高いから、たくさん取ったら不健康だよ? ちょっとくらい食べるのがいいの」
「そうなんだ」
 そう言った後で、エディットが廊下の真ん中で立ち止まって首を傾げた。
 どうしたんだろうとわたしたちが彼女を見つめると、エディットは真剣な眼差しでこちらを見た。
「ねえ、醤油もうちの商会で売り出していい? 健康にいいって触れ込みなら絶対に売れると思うわ」

 そんなことを言った後で、彼女は昼間、あったことを話してくれた。
 醤油の味付けの唐揚げを食べた迷惑男と、ちょっとマシな会話ができたってことを。その時の変貌が、凄かったのだと彼女は言うのだ。
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