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第45話 幕間8 エディット
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やっとお昼休みになった。
厳しいと評判の男性教師が教材をまとめて持って教室を出て行くと、途端に辺りの空気が和らぐ。息が詰まりそうになりながら勉強しているのはわたしだけじゃない、と思うと少しだけ楽にも感じるけれど――。
わたしは深いため息をつきながら、歴史の教科書を閉じた。これはまずい、次の試験に出るとか言われたけど、解らないところばかりで頭が痛い。
わたしの場合、歴史ばかりじゃなくて他の学科も不安が多い。わたし、これでも数学は得意なんだけど。お金を数えるのが好きだからだろうか。
でも、それ以外の学科は言わぬが花だ。
――しかしせめて、試験の範囲くらいは何とか理解しないと駄目かなあ。
「あの」
わたしが隣の席にいる女の子に声をかけたが、聞こえなかった……もしくは聞こえないふりをされた。
彼女は他の女子生徒に目をやると、「一緒にランチをいかかです?」なんて話しかけて席を離れてしまった。
ここのところ、わたしが学園の授業をさぼるという裏技を覚えてしまったせいか、同じクラスの人たちからの視線が少しだけ冷ややかな気がする。話しかけようと思っても、すぐに避けられる。
まあ、元々、仲の良いと言えるような友達はいなかった。それでも、わたしが勉強で何か解らないところを質問したら、多少の迷惑さを滲ませつつ応えてくれていた人たちもいたんだけど。
わたしはそこで、またため息をこぼした。
「やあ、エディット嬢」
わたしがお弁当の包みを抱きかかえて教室を出ようとすると、入り口で一番会いたくない人と出会ってしまった。
他の生徒たちのほとんどは食堂へ向かっていたため、この光景を見たのは本当に数人だった。でも、そういった生徒たちがわたしたちを遠巻きにしつつ何か小声で囁いているのもわたしの耳が捉えた。
「……ええと、ダミアン・ハウゼント様」
――出たよ元凶! わたしがこのクラスで爪弾きにされている最初の原因そのもの!
わたしは引きつった笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。
「ダミアンでいいよ」
彼はそう言うけれど。
馬鹿なの!?
いくら学園の中では生徒は平等とか言われていたって、わたしは男爵家、ダミアン・ハウゼントは子爵家。身分は彼の方が上なのだ。そんな気安く話しかけられるはずがない。
しかも、この男は婚約者持ちだ!
そんな男に声をかけられている、成り上がり男爵令嬢のわたし。
どっちが悪く言われるかなんて誰にだって解るってものだ!
波打つような美しい金髪、煌めくような青い瞳、人形のように整った――整いすぎた美貌。彼は自分の微笑が他人に与える影響を自覚していて、特に女の子に対しては優しく微笑みかける。
それが婚約者であろうとなかろうと、目につく女の子全員に、だ!
つまり、無類の女好き!
「いえ、わたしはただの男爵家の人間ですし……その、身分の高い方とお話しするのが苦手というか」
と、必死に言い訳しつつ後ずさり、逃げ道を探していると彼は少しだけ身体を横にずらしてわたしの退路を断つ。
いやああああ、悲鳴を上げたい。
泣きながら逃げ出して被害者であると周りに見せつけたい。
「冷たいね? エディット嬢、最初に出会った時は素敵な笑顔を見せてくれたのに」
僅かに身を屈めて囁いてくる女好き!
こういうのが好きな女の子だったら、その美声で腰が砕けるんだろうけど、わたしは違いますからー!
逃げたい逃げたい逃げたい。
そう考えながら、必死に言葉を探すわたし。
「いえ、あれはうちの商会のお手伝いで……」
「そうだよね。最近、街で評判のスイーツ専門店。そこで売り子をしていた君は、本当に可愛かった」
ひいいいい。
「でもここのところ、その店では見かけなくて残念に思ってたんだ。今はどこにいるの? 放課後は学園内でも見かけないし……」
「あの、えーと」
わたしは必死に辺りを見回した。
小声で何やら言い合っていた女生徒たちの一部は、どこかに行ってしまったようだ。残った生徒たちは明らかに眉根を寄せて、わたしに対して厳しい目を向けている。
わたしじゃないからー!
睨むならこの女好きを睨んで!
っていうか、誰も助けてくれない!
「すみません、ちょっとわたし、お手洗いに!」
と、色気のない言葉を彼に投げつけ、お弁当の包みを抱きかかえて彼の横をすり抜ける。とてもおしとやかとは言えない動きで廊下を走り、脱兎のごとく逃げ出したのだった。
「つらい。逃げたい。うわーん、エリクの馬鹿ー!」
裏庭に逃げてきて、辺りに誰もいないのを確認した後、わたしはその場にしゃがみこんで呻き声を上げた。
この場合、エリクはとばっちりだ。
自分の家に帰っていたら、エリクがわたしと一緒にいてくれて守ってくれたかもしれないけれど、さすがに学園の中は彼の手が届かない場所だし。それに、エリクは仕事だからわたしと一緒にいてくれるだけだし。
……そう、仕事だから。
もう、本当に泣きたい。
「あら、こんなところで何をなさっているの?」
そんなわたしに向かって、冷ややかな――敵意の混じった声が飛んできた。わたしが慌てて立ち上がると、わたしの目の前には見たくない人、その二、がいた。
美しい金髪、吊り上がった緑色の瞳。気の強そうな顔立ちだけれど、皆の目を引く美少女。わたしより一学年上の先輩、シルフィア・シャープ伯爵令嬢。
さっき見たダミアン・ハウゼント子爵令息の婚約者だ。
白竜神様の名前を持っているからだろうか、どこか高圧的な雰囲気を持って、わたしを鋭く見つめているけれど――その両脇にいる女生徒二人の方が、もっと険しい表情だった。
怖い。
「先ほど、あなたのクラスの方がわたしたちのところに来たの」
シルフィア伯爵令嬢の右側に立った、赤毛の少女が蔑むようにわたしを見つめる。「ダミアン様に声をかけられて、思い上がっている女生徒がいる、と」
「えっ」
「さすが、下町で働いていらっしゃることだけはあるわね。男性に媚びを売るのがお得意なのかしら」
シルフィア伯爵令嬢の左側の栗色の髪の少女も冷ややかに言う。
「お待ちになって、二人とも」
そんな二人の怒りを鎮めるように、シルフィア伯爵令嬢は穏やかに微笑んで見せる。「きっと、わたしたちの言葉を理解してもらえると思っているの。いくら仮初の爵位を得た方でもね」
あああああ、くっそ!
呪ってやる!
あの金髪の女好きを呪ってやる!
「ええと……その、理解しております」
わたしは必死に笑顔を顔に張り付ける。そう、商会の傘下の店はたくさんあって、そこでお手伝いするのが多いわたしなら、接客が得意なのだ。どんな客だろうと笑顔は必須。
ここは店、ここは店。
相手は上得意のお客様だと思え、わたし!
「ハウゼント子爵令息様は我が商会のお客様ですから、無下にすることもできません。そのため、わたしも何か誤解を招くような発言をしてしまったのでしょう。反省いたします」
そう言って深く頭を下げると、やっと目の前の三人の声音が和らいだ。
「そう、お分かりになっていただけたようで何よりだわ。ダミアン様はわたしの婚約者なのだけれど、身分の低い女性にも優しいから誤解されてしまうことも多いのよね」
「そうですね、お優しい方だと思います」
わたしは張り付けた笑顔のままでこくこくと頷く。「でもやはり、高貴な血筋の肩は高貴な方と結ばれる運命なのでしょう。ハウゼント子爵令息様と、シャープ伯爵令嬢様はお似合いのお二人だと常々思っていました」
よし、頑張ったわたし!
お世辞だろうと何だろうと、駆使してこの場を切り抜ける!
いつものわたしだったら絶対に言わないような美辞麗句。舌が攣りそうだけどもうちょっと頑張れ!
でも事実、お似合いだと思うよ! 二人とも金髪でキラキラ輝いている感じが似てるし、目に痛いところなんか、似すぎてて怖いくらいだし!
「ですから、わたしもお二人のことは応援しているのです」
にこり、と笑ったわたしは本当に『やり切った』感を出していただろう。
彼女たちもわたしの言葉に納得してくれたようで、そのまま踵を返して学園の建物の中に入っていってしまった。
わたしはその場にずるずるとしゃがみこみ、凄まじい疲れを感じつつ頭を抱える。しかし、すぐに空腹に負けて立ち上がる。
こんなことをしていたら、お昼休みはあっという間に終わってしまう。
わたしは裏庭にあるベンチを目指して歩き、やっとお弁当の包みを開けられることにほっと安堵した。
「唐揚げ……」
うちのお客様であるシルフィアという少女が考えた、鶏肉を揚げた料理。今まで食べたことのない醤油とかいう調味料は、どうやら万能らしい。香ばしい香りが食欲をそそる。
サンドウィッチと唐揚げ、卵焼きに温野菜サラダ。
あの少女はこれがお弁当の定番なのだ、と朝から熱弁してくれていた。
あの厄介な伯爵令嬢と同じシルフィアという名前なのに、とても気さくでいい子だ。世の中のシルフィアという名前の少女が、皆優しかったらいいのに。
わたしはやっと心に安寧を取り戻し、サンドウィッチにかぶり付く。
が。
「あれ、こんなところで食べているの?」
急に聞き覚えのある声が飛んできて身体が硬直する。
ぎぎぎ、と首を傾げてそちらを見ると、やっぱりというか何と言うか、ダミアン様がそこに一人で立っていた。
追ってきた!
追ってきたよこの男!
わたしがサンドウィッチを地面に落として固まっていると、彼は困ったような微笑みを浮かべ、わたしが座っているベンチの横を指さした。
「ここ、いいかな?」
却下ー!
逃げたい、逃げ出したい、誰か助けてください!
目の端に捉えた花壇と、その花壇をぐるりと取り巻く石の塊。その石を剥がして、彼の頭をぶん殴りたいと思ったわたしを――。神様、白竜神様、どうかお助けを!
厳しいと評判の男性教師が教材をまとめて持って教室を出て行くと、途端に辺りの空気が和らぐ。息が詰まりそうになりながら勉強しているのはわたしだけじゃない、と思うと少しだけ楽にも感じるけれど――。
わたしは深いため息をつきながら、歴史の教科書を閉じた。これはまずい、次の試験に出るとか言われたけど、解らないところばかりで頭が痛い。
わたしの場合、歴史ばかりじゃなくて他の学科も不安が多い。わたし、これでも数学は得意なんだけど。お金を数えるのが好きだからだろうか。
でも、それ以外の学科は言わぬが花だ。
――しかしせめて、試験の範囲くらいは何とか理解しないと駄目かなあ。
「あの」
わたしが隣の席にいる女の子に声をかけたが、聞こえなかった……もしくは聞こえないふりをされた。
彼女は他の女子生徒に目をやると、「一緒にランチをいかかです?」なんて話しかけて席を離れてしまった。
ここのところ、わたしが学園の授業をさぼるという裏技を覚えてしまったせいか、同じクラスの人たちからの視線が少しだけ冷ややかな気がする。話しかけようと思っても、すぐに避けられる。
まあ、元々、仲の良いと言えるような友達はいなかった。それでも、わたしが勉強で何か解らないところを質問したら、多少の迷惑さを滲ませつつ応えてくれていた人たちもいたんだけど。
わたしはそこで、またため息をこぼした。
「やあ、エディット嬢」
わたしがお弁当の包みを抱きかかえて教室を出ようとすると、入り口で一番会いたくない人と出会ってしまった。
他の生徒たちのほとんどは食堂へ向かっていたため、この光景を見たのは本当に数人だった。でも、そういった生徒たちがわたしたちを遠巻きにしつつ何か小声で囁いているのもわたしの耳が捉えた。
「……ええと、ダミアン・ハウゼント様」
――出たよ元凶! わたしがこのクラスで爪弾きにされている最初の原因そのもの!
わたしは引きつった笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。
「ダミアンでいいよ」
彼はそう言うけれど。
馬鹿なの!?
いくら学園の中では生徒は平等とか言われていたって、わたしは男爵家、ダミアン・ハウゼントは子爵家。身分は彼の方が上なのだ。そんな気安く話しかけられるはずがない。
しかも、この男は婚約者持ちだ!
そんな男に声をかけられている、成り上がり男爵令嬢のわたし。
どっちが悪く言われるかなんて誰にだって解るってものだ!
波打つような美しい金髪、煌めくような青い瞳、人形のように整った――整いすぎた美貌。彼は自分の微笑が他人に与える影響を自覚していて、特に女の子に対しては優しく微笑みかける。
それが婚約者であろうとなかろうと、目につく女の子全員に、だ!
つまり、無類の女好き!
「いえ、わたしはただの男爵家の人間ですし……その、身分の高い方とお話しするのが苦手というか」
と、必死に言い訳しつつ後ずさり、逃げ道を探していると彼は少しだけ身体を横にずらしてわたしの退路を断つ。
いやああああ、悲鳴を上げたい。
泣きながら逃げ出して被害者であると周りに見せつけたい。
「冷たいね? エディット嬢、最初に出会った時は素敵な笑顔を見せてくれたのに」
僅かに身を屈めて囁いてくる女好き!
こういうのが好きな女の子だったら、その美声で腰が砕けるんだろうけど、わたしは違いますからー!
逃げたい逃げたい逃げたい。
そう考えながら、必死に言葉を探すわたし。
「いえ、あれはうちの商会のお手伝いで……」
「そうだよね。最近、街で評判のスイーツ専門店。そこで売り子をしていた君は、本当に可愛かった」
ひいいいい。
「でもここのところ、その店では見かけなくて残念に思ってたんだ。今はどこにいるの? 放課後は学園内でも見かけないし……」
「あの、えーと」
わたしは必死に辺りを見回した。
小声で何やら言い合っていた女生徒たちの一部は、どこかに行ってしまったようだ。残った生徒たちは明らかに眉根を寄せて、わたしに対して厳しい目を向けている。
わたしじゃないからー!
睨むならこの女好きを睨んで!
っていうか、誰も助けてくれない!
「すみません、ちょっとわたし、お手洗いに!」
と、色気のない言葉を彼に投げつけ、お弁当の包みを抱きかかえて彼の横をすり抜ける。とてもおしとやかとは言えない動きで廊下を走り、脱兎のごとく逃げ出したのだった。
「つらい。逃げたい。うわーん、エリクの馬鹿ー!」
裏庭に逃げてきて、辺りに誰もいないのを確認した後、わたしはその場にしゃがみこんで呻き声を上げた。
この場合、エリクはとばっちりだ。
自分の家に帰っていたら、エリクがわたしと一緒にいてくれて守ってくれたかもしれないけれど、さすがに学園の中は彼の手が届かない場所だし。それに、エリクは仕事だからわたしと一緒にいてくれるだけだし。
……そう、仕事だから。
もう、本当に泣きたい。
「あら、こんなところで何をなさっているの?」
そんなわたしに向かって、冷ややかな――敵意の混じった声が飛んできた。わたしが慌てて立ち上がると、わたしの目の前には見たくない人、その二、がいた。
美しい金髪、吊り上がった緑色の瞳。気の強そうな顔立ちだけれど、皆の目を引く美少女。わたしより一学年上の先輩、シルフィア・シャープ伯爵令嬢。
さっき見たダミアン・ハウゼント子爵令息の婚約者だ。
白竜神様の名前を持っているからだろうか、どこか高圧的な雰囲気を持って、わたしを鋭く見つめているけれど――その両脇にいる女生徒二人の方が、もっと険しい表情だった。
怖い。
「先ほど、あなたのクラスの方がわたしたちのところに来たの」
シルフィア伯爵令嬢の右側に立った、赤毛の少女が蔑むようにわたしを見つめる。「ダミアン様に声をかけられて、思い上がっている女生徒がいる、と」
「えっ」
「さすが、下町で働いていらっしゃることだけはあるわね。男性に媚びを売るのがお得意なのかしら」
シルフィア伯爵令嬢の左側の栗色の髪の少女も冷ややかに言う。
「お待ちになって、二人とも」
そんな二人の怒りを鎮めるように、シルフィア伯爵令嬢は穏やかに微笑んで見せる。「きっと、わたしたちの言葉を理解してもらえると思っているの。いくら仮初の爵位を得た方でもね」
あああああ、くっそ!
呪ってやる!
あの金髪の女好きを呪ってやる!
「ええと……その、理解しております」
わたしは必死に笑顔を顔に張り付ける。そう、商会の傘下の店はたくさんあって、そこでお手伝いするのが多いわたしなら、接客が得意なのだ。どんな客だろうと笑顔は必須。
ここは店、ここは店。
相手は上得意のお客様だと思え、わたし!
「ハウゼント子爵令息様は我が商会のお客様ですから、無下にすることもできません。そのため、わたしも何か誤解を招くような発言をしてしまったのでしょう。反省いたします」
そう言って深く頭を下げると、やっと目の前の三人の声音が和らいだ。
「そう、お分かりになっていただけたようで何よりだわ。ダミアン様はわたしの婚約者なのだけれど、身分の低い女性にも優しいから誤解されてしまうことも多いのよね」
「そうですね、お優しい方だと思います」
わたしは張り付けた笑顔のままでこくこくと頷く。「でもやはり、高貴な血筋の肩は高貴な方と結ばれる運命なのでしょう。ハウゼント子爵令息様と、シャープ伯爵令嬢様はお似合いのお二人だと常々思っていました」
よし、頑張ったわたし!
お世辞だろうと何だろうと、駆使してこの場を切り抜ける!
いつものわたしだったら絶対に言わないような美辞麗句。舌が攣りそうだけどもうちょっと頑張れ!
でも事実、お似合いだと思うよ! 二人とも金髪でキラキラ輝いている感じが似てるし、目に痛いところなんか、似すぎてて怖いくらいだし!
「ですから、わたしもお二人のことは応援しているのです」
にこり、と笑ったわたしは本当に『やり切った』感を出していただろう。
彼女たちもわたしの言葉に納得してくれたようで、そのまま踵を返して学園の建物の中に入っていってしまった。
わたしはその場にずるずるとしゃがみこみ、凄まじい疲れを感じつつ頭を抱える。しかし、すぐに空腹に負けて立ち上がる。
こんなことをしていたら、お昼休みはあっという間に終わってしまう。
わたしは裏庭にあるベンチを目指して歩き、やっとお弁当の包みを開けられることにほっと安堵した。
「唐揚げ……」
うちのお客様であるシルフィアという少女が考えた、鶏肉を揚げた料理。今まで食べたことのない醤油とかいう調味料は、どうやら万能らしい。香ばしい香りが食欲をそそる。
サンドウィッチと唐揚げ、卵焼きに温野菜サラダ。
あの少女はこれがお弁当の定番なのだ、と朝から熱弁してくれていた。
あの厄介な伯爵令嬢と同じシルフィアという名前なのに、とても気さくでいい子だ。世の中のシルフィアという名前の少女が、皆優しかったらいいのに。
わたしはやっと心に安寧を取り戻し、サンドウィッチにかぶり付く。
が。
「あれ、こんなところで食べているの?」
急に聞き覚えのある声が飛んできて身体が硬直する。
ぎぎぎ、と首を傾げてそちらを見ると、やっぱりというか何と言うか、ダミアン様がそこに一人で立っていた。
追ってきた!
追ってきたよこの男!
わたしがサンドウィッチを地面に落として固まっていると、彼は困ったような微笑みを浮かべ、わたしが座っているベンチの横を指さした。
「ここ、いいかな?」
却下ー!
逃げたい、逃げ出したい、誰か助けてください!
目の端に捉えた花壇と、その花壇をぐるりと取り巻く石の塊。その石を剥がして、彼の頭をぶん殴りたいと思ったわたしを――。神様、白竜神様、どうかお助けを!
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