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第4話 南の竜の神殿
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「ここは南の竜の神殿と呼ばれるところです」
マルガリータは可愛らしく小首を傾げながら言った。
「南の竜の?」
「はいー」
お互いソファに座っているものの、マルガリータは「お茶が出せずに申し訳ないです」と身体を小さくしている。わたしはソファに座って足をぶらぶらさせつつ、彼女と同じように首を傾げて見せた。
「神殿というより洞窟だけど?」
「それはシルフィア様が復活されたばかりだからですかねー」
「復活……?」
彼女の話を聞いたところ、簡単にまとめるとこんな感じである。
この世界の名前をマデラゼータという。
マデラゼータには、二つの神殿がある。
南の竜の神殿と、北の竜の神殿。その二つの神殿には、それぞれ一人(一匹?)の竜神がいる。
南の竜の神殿には、シルフィア・アレクサンドラ・ニコール・ノルチェという名の白竜。
北の竜の神殿には、フェルディナント・ルート・レオン・メインデルトという名の黒竜。
この竜神二人が、マデラゼータに力を与えているのだという。力というか、魔力、魔素。この世界を保ち続けるためには、潤沢な魔素が大地や大気に存在しなくてはいけない。しかし、急激に増えすぎた人間たちにも魔力を与え続けた結果、二人とも全ての力を使い果たして死んでしまったらしい。
死んだというよりも、再生の期間に入ったと言うべきか。
それが卵になって魔力を新たに体内に満たし、またマデラゼータの竜神として生まれ変わる……ということらしいが。
「それがわたし?」
「はい、そうです」
今のわたしは人間じゃないとは思っていたけれど、まさかの竜神。
わたしが神か。しかも、もう一人の竜神も名前が長いな。
「あなた様は神様だから何をやっても許されますよ?」
そんなとんでもないことを穏やかに言うマルガリータだが、その見た目は骸骨だから全く平和的な光景ではない。っていうか、あなたは何なの? 守護者って何?
その疑問を口にすると、マルガリータはさらに説明を続けた。
「竜神様には守護者と呼ばれる配下が一人、付き添っています」
基本的に、白竜神と黒竜神は神殿に引きこもったまま、のんびりと生活しているらしい。でも、人間の街だったり森の魔物の様子だったりを見て、神殿に害をなそうとするものを排除する配下がいる。
その配下も竜神から魔力をもらって生きているため、竜神が死んだ時に一緒に――ということらしいが。
「骸骨で復活って……どうかと思うんだけど」
わたしがさらに眉を顰めて言うと、彼女はこくこくと頷いた。
「ですよね! でも大丈夫ですよ!」
「え?」
「シルフィア様がこうして復活なさったということは、わたしに魔力が行きわたるのも遠くありません。そうしたら、わたしも元の人間みたいな姿に戻りますし、この洞窟も神殿らしい姿にすることもできます。わたし、頑張りますから! シルフィア様がここで平和な生活ができるよう、精一杯!」
「ええー?」
「それに、シルフィア様が復活なさったということは、きっと黒竜神様、フェルディナント様も復活なさっているはず! あのですね、お二人は離れて暮らしていますが、ええと、何と言うか魂の恋人? 的な?」
「は?」
「心と心で通じ合う、恋人同士、的な?」
「恋人……的な?」
「一年に一度、人間たちの街でお祭りがあるんですよ! それがですね、人間の収穫祭であり、竜神お二人の神殿の扉が開いて、運命の恋人が再会できるロマンティックな一日となる、みたいな!」
「織姫と彦星みたい」
「きっとそのうち、お二人が力を完全に取り戻したら、そんなラブラブな一日をこの目で見られるんですよね! やだもう、嬉しい!」
そうテンションのりのりの状態で、両手を組んで身体をくねらせる骨格標本の図は、ある意味ホラーである。今が明るい時間帯でよかった。夜中にそんな動きをされたら、都市伝説として広まるのは間違いない。広めるのはわたししかいないけど。
「んー……」
とりあえず、何となく理解はできた。
わたしはその竜神に転生してしまった、ということだ。小説やアニメみたいに、階段から落ちて死んで、何の理由もなくここに飛ばされた。そういうことでいいだろうか。いいんだろうな。
「でもまあ、わたしはここで竜神として生きていけばいいわけよね? 例えば魔王を倒せとか、重大な役目があるわけでもなく、のんびり暮らしていってもいい、と」
「はい、そうですよ! 好きに楽しく暮らしましょう! わたしと一緒に!」
「まあ……それはそれとして、何でわたしだったの? わたし、ここの世界の人間じゃない。別の世界から生まれ変わった記憶があるんだけど」
「ああ、それは……」
と、そこでマルガリータの声が少しだけ低くなった。
こういう時、相手が骸骨というのは困る。声の調子だけでは、彼女が何を考えているのか全く解らない。表情さえ読めれば、目の前のマルガリータが可愛らしい声音のイメージ通りに、人畜無害な存在なのか判断できるはずだ。
彼女の言葉に嘘はないと信じたいけれど、簡単に信じられるほど子供ではないつもりだった。
彼女は少しだけ考えこんだ後、困ったような口調で続けた。
「……多分、ですが。元々、この世界にいたシルフィア様の魂は不完全だったと思うのです」
「不完全?」
「シルフィア様だけではなく、フェルディナント様もそうです。この世界を平和に保つだけの、確固とした意志と力を持っていなかった。だから、滅んでしまった……んじゃないか、と」
「確固とした意志……」
「うーん、何て言うか……、生きる意味、生きる目標、はっきりとした自我、というか。そういう意思の力って、この世界では重要なんです。その意思そのものが、魔力に変換されるというか。上手く、言えないですけどね。でもきっと、今のあなた様は違う。だからこの世界に呼ばれたんです。生まれ変わることができたんです。ほら何か、熱烈な想いがあるのではないですか?」
「想い?」
「こんなことをやってみたい! みたいな?」
「うーん」
マルガリータの何もない双眸がこちらに向けられていた。
でも、何かを期待しているような声音なのはよく伝わってくる。
でも、想いと言われても。
「唐揚げ食べたい、くらいしか熱意が残ってないというか、それほど思い出せないのよね。前世というか、何と言うか」
わたしが困惑しつつ応えると、さすがにマルガリータも肩を落として見せた。
「唐揚げ……」
「昔の記憶が戻れば、何か違うのかもしれないのかな? わたし……仕事帰りに死んだと思うけど、何の仕事をしていたのかとか、家族はどうなのかとか、まだ思い出していないし。心残りがあったら、もしそれがこちらの世界で叶えられるようなものであれば、やってみたいとは思うよ? でも」
――そんなのでいいんだろうか。
いや普通、前世の記憶を持って生まれ変わるなんてのがイレギュラーなのでは?
思い出せないのが当たり前で、新しい人生を歩むのが正しいのではないだろうか。
そんなことを悩んでいると、マルガリータは明るい笑い声をたてた。
「いいんですよー。お気楽にいきましょ? 難しいことなんて気にせず、楽しく生きていければいいんです」
「いいのか……」
何か引っかかるものを感じつつも、わたしは頷いて見せる。
そして、彼女に訊きたかったことを思い出して口にした。
「赤い実? って、ああ」
マルガリータはわたしの質問にすぐに心当たりがあるようで、手を叩いて見せた。
わたしが池のほとりで食べた赤い実のこと。あれが何なのか知りたい。
マルガリータは可愛らしく小首を傾げながら言った。
「南の竜の?」
「はいー」
お互いソファに座っているものの、マルガリータは「お茶が出せずに申し訳ないです」と身体を小さくしている。わたしはソファに座って足をぶらぶらさせつつ、彼女と同じように首を傾げて見せた。
「神殿というより洞窟だけど?」
「それはシルフィア様が復活されたばかりだからですかねー」
「復活……?」
彼女の話を聞いたところ、簡単にまとめるとこんな感じである。
この世界の名前をマデラゼータという。
マデラゼータには、二つの神殿がある。
南の竜の神殿と、北の竜の神殿。その二つの神殿には、それぞれ一人(一匹?)の竜神がいる。
南の竜の神殿には、シルフィア・アレクサンドラ・ニコール・ノルチェという名の白竜。
北の竜の神殿には、フェルディナント・ルート・レオン・メインデルトという名の黒竜。
この竜神二人が、マデラゼータに力を与えているのだという。力というか、魔力、魔素。この世界を保ち続けるためには、潤沢な魔素が大地や大気に存在しなくてはいけない。しかし、急激に増えすぎた人間たちにも魔力を与え続けた結果、二人とも全ての力を使い果たして死んでしまったらしい。
死んだというよりも、再生の期間に入ったと言うべきか。
それが卵になって魔力を新たに体内に満たし、またマデラゼータの竜神として生まれ変わる……ということらしいが。
「それがわたし?」
「はい、そうです」
今のわたしは人間じゃないとは思っていたけれど、まさかの竜神。
わたしが神か。しかも、もう一人の竜神も名前が長いな。
「あなた様は神様だから何をやっても許されますよ?」
そんなとんでもないことを穏やかに言うマルガリータだが、その見た目は骸骨だから全く平和的な光景ではない。っていうか、あなたは何なの? 守護者って何?
その疑問を口にすると、マルガリータはさらに説明を続けた。
「竜神様には守護者と呼ばれる配下が一人、付き添っています」
基本的に、白竜神と黒竜神は神殿に引きこもったまま、のんびりと生活しているらしい。でも、人間の街だったり森の魔物の様子だったりを見て、神殿に害をなそうとするものを排除する配下がいる。
その配下も竜神から魔力をもらって生きているため、竜神が死んだ時に一緒に――ということらしいが。
「骸骨で復活って……どうかと思うんだけど」
わたしがさらに眉を顰めて言うと、彼女はこくこくと頷いた。
「ですよね! でも大丈夫ですよ!」
「え?」
「シルフィア様がこうして復活なさったということは、わたしに魔力が行きわたるのも遠くありません。そうしたら、わたしも元の人間みたいな姿に戻りますし、この洞窟も神殿らしい姿にすることもできます。わたし、頑張りますから! シルフィア様がここで平和な生活ができるよう、精一杯!」
「ええー?」
「それに、シルフィア様が復活なさったということは、きっと黒竜神様、フェルディナント様も復活なさっているはず! あのですね、お二人は離れて暮らしていますが、ええと、何と言うか魂の恋人? 的な?」
「は?」
「心と心で通じ合う、恋人同士、的な?」
「恋人……的な?」
「一年に一度、人間たちの街でお祭りがあるんですよ! それがですね、人間の収穫祭であり、竜神お二人の神殿の扉が開いて、運命の恋人が再会できるロマンティックな一日となる、みたいな!」
「織姫と彦星みたい」
「きっとそのうち、お二人が力を完全に取り戻したら、そんなラブラブな一日をこの目で見られるんですよね! やだもう、嬉しい!」
そうテンションのりのりの状態で、両手を組んで身体をくねらせる骨格標本の図は、ある意味ホラーである。今が明るい時間帯でよかった。夜中にそんな動きをされたら、都市伝説として広まるのは間違いない。広めるのはわたししかいないけど。
「んー……」
とりあえず、何となく理解はできた。
わたしはその竜神に転生してしまった、ということだ。小説やアニメみたいに、階段から落ちて死んで、何の理由もなくここに飛ばされた。そういうことでいいだろうか。いいんだろうな。
「でもまあ、わたしはここで竜神として生きていけばいいわけよね? 例えば魔王を倒せとか、重大な役目があるわけでもなく、のんびり暮らしていってもいい、と」
「はい、そうですよ! 好きに楽しく暮らしましょう! わたしと一緒に!」
「まあ……それはそれとして、何でわたしだったの? わたし、ここの世界の人間じゃない。別の世界から生まれ変わった記憶があるんだけど」
「ああ、それは……」
と、そこでマルガリータの声が少しだけ低くなった。
こういう時、相手が骸骨というのは困る。声の調子だけでは、彼女が何を考えているのか全く解らない。表情さえ読めれば、目の前のマルガリータが可愛らしい声音のイメージ通りに、人畜無害な存在なのか判断できるはずだ。
彼女の言葉に嘘はないと信じたいけれど、簡単に信じられるほど子供ではないつもりだった。
彼女は少しだけ考えこんだ後、困ったような口調で続けた。
「……多分、ですが。元々、この世界にいたシルフィア様の魂は不完全だったと思うのです」
「不完全?」
「シルフィア様だけではなく、フェルディナント様もそうです。この世界を平和に保つだけの、確固とした意志と力を持っていなかった。だから、滅んでしまった……んじゃないか、と」
「確固とした意志……」
「うーん、何て言うか……、生きる意味、生きる目標、はっきりとした自我、というか。そういう意思の力って、この世界では重要なんです。その意思そのものが、魔力に変換されるというか。上手く、言えないですけどね。でもきっと、今のあなた様は違う。だからこの世界に呼ばれたんです。生まれ変わることができたんです。ほら何か、熱烈な想いがあるのではないですか?」
「想い?」
「こんなことをやってみたい! みたいな?」
「うーん」
マルガリータの何もない双眸がこちらに向けられていた。
でも、何かを期待しているような声音なのはよく伝わってくる。
でも、想いと言われても。
「唐揚げ食べたい、くらいしか熱意が残ってないというか、それほど思い出せないのよね。前世というか、何と言うか」
わたしが困惑しつつ応えると、さすがにマルガリータも肩を落として見せた。
「唐揚げ……」
「昔の記憶が戻れば、何か違うのかもしれないのかな? わたし……仕事帰りに死んだと思うけど、何の仕事をしていたのかとか、家族はどうなのかとか、まだ思い出していないし。心残りがあったら、もしそれがこちらの世界で叶えられるようなものであれば、やってみたいとは思うよ? でも」
――そんなのでいいんだろうか。
いや普通、前世の記憶を持って生まれ変わるなんてのがイレギュラーなのでは?
思い出せないのが当たり前で、新しい人生を歩むのが正しいのではないだろうか。
そんなことを悩んでいると、マルガリータは明るい笑い声をたてた。
「いいんですよー。お気楽にいきましょ? 難しいことなんて気にせず、楽しく生きていければいいんです」
「いいのか……」
何か引っかかるものを感じつつも、わたしは頷いて見せる。
そして、彼女に訊きたかったことを思い出して口にした。
「赤い実? って、ああ」
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