夢見る竜神様の好きなもの

こま猫

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第3話 動き出した骨格標本

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 しゃくり、と音がする。
 林檎より梨に近い触感と、口の中に溢れる爽やかな果汁。それを呑み込むと、お腹の辺りがぽわりと温かくなったのを感じる。
 何の疑いもなく食べてしまったけれど、毒ではないよね?
 ちょっとだけ食べるのを中断して、身体に異変がないか確認する。痺れもないし、気分の悪さもない。むしろ、もの凄く身体が軽いというか、力が湧いてくるような気がした。
 丸々一個食べてしまうと、小さい果実だと言うのに妙に満腹感を覚える。
 これはあと何個かあれば、数日は生きていけると気合が入ったけれど、まだ小さな木にはさっきの果実一個しか実らなかったようだ。

「あれ?」
 わたしは唐突に、自分の視点が高くなっていることに気づいて困惑した。鏡がないから解らないけれど、さっきまで間違いなく短かった髪の毛が急に肩の下くらいに伸びている。
 しかも、髪の毛の色が――白い。

 ――白髪!?
 子供なのに!?

 改めて自分の姿を見下ろしてみると、明らかにそれまでの二歳児くらいの身体じゃなくて、見たところ五歳児くらいにまで成長しているようだ。ふくふくしさが目立つものじゃなく、ちょっと細くなった感じの女の子の腕。マントの下から覗く両足も、輝くような白い肌の細い足。

 一瞬、頭の働きが停止した。
 パソコンを再起動させる時のように、僅かな待ち時間が過ぎた後、ぐるぐると働き始める脳細胞。

「林檎だ。あれが成長を促した?」
 それ以外に口にしたものは水だけだし、実際に林檎もどきを食べた後、お腹が熱かった。どういう論理が存在するのかは解らないものの、あれを食べたら身体が成長するということは。

 たくさん食べたらあっという間におばあちゃんになる、ということでは!?

 という、ちょっと怖い考えに行き当たる。
 いくら空腹だとはいえ、食べ過ぎたら老衰が待っているかもしれないと考えるとこれ以上食べるのは危険だ。
 ……いや、でも。
 わたしの精神的な年齢は二十三歳だ。五歳児よりももっと育っていても大丈夫のはず。ってことは、空腹が我慢できなくなったら、あと数個くらいは食べても大丈夫……だといいなあ。

 わたしは腕を組んで唸ったが、どんなに考えても答えが出ないわけだから仕方ない。小さなため息をついてから池で手を洗おうと屈みこむと、綺麗な水は波紋を広げていたが鏡のようにわたしの姿を映し出しているのが見えた。
「……可愛い」
 わたしは水に映った自分の姿を見つめる。白い肌にまっすぐに伸びた白髪――いや、ちょっとキラキラしているから銀髪に近い白、だろうか。大きくて睫毛ばさばさの瞳は淡い青、形の良い唇。
 外国人の子供はお人形さんみたい、という典型的な姿。

 なるほど。
 前世のわたしの容姿を思い出してみると、大して美人というわけではなかった。つまり、生まれ変わったわたしは容姿の部分では勝ち組である。
 ただし、髪の毛の合間から何か変なものが伸びているのは気になるけど。

「何コレ」
 わたしはおそるおそる、その謎の物体に触れてみた。イメージ的には鬼とかトナカイ、もしくはタケノコ。二つの角が髪の毛の下からにょっきりと生えている。まだ小さくて可愛らしいけれど、間違いなく角。

「……人間じゃない疑惑が出てきた。嘘でしょぉ……」
 またため息をついて、がくりと肩を落としていると、どこからか小石が落ちるような、何かがぶつかるような音がしてぎょっとする。慌てて顔を上げるけれど、視界に入るところには何も動くものはない。

 さて、ここで質問です。
 洞窟の中に出てくる生き物って何でしょうか?

 熊。
 狼、もしくは野犬。
 アナコンダとかワニ。

 ホラー映画だったら殺人鬼か何かが襲ってくる。

 きょろきょろと辺りを見回してみても、当然のことながら都合よく武器なんて見つからない。せいぜい、小さな石があるだけ。でも、ないよりはましだと考えてそれを拾い上げ、恐る恐る音の聞こえてきた方へ歩き出した。
 明らかに、わたしが『目覚めた』方向だ。
 裸足だから足音を立てる懸念はない。ゆっくりと岩壁を伝いながら例の祭壇のある方向を覗けるところまで到着すると、わたしはその場に硬直することになる。

「あ、ああ!」
 そう叫んだものがいた。
 そこに立っていたのは、間違いなく地面の上で倒れていた白骨化死体だ。あまりにも自然に動くから、わたしは目に映るその光景が信じられなかったけれど、その骸骨はわたしを見て驚いたようだった。
 しかも、こちらに駆け寄ってきて叫ぶのだ。
「ああ、愛しのシルフィア・アレクサンドラ・ニコール・ノルチェ様! わたしはあなた様の守護者のマルガリータです! お会いしとうございました!」
「はいぃ?」
 わたしは岩壁に張り付いたまま、素っ頓狂な声を上げただろう。
 だって、服を着た骨格標本がわたしの目の前で跪いて、両手を胸の前で組んでいるのだ。
「本当に蘇ってくださったのですね! 感激です! まさか、本当にこの目でシルフィア・アレクサンドラ・ニコール・ノルチェ様の動いている姿を拝見することになろうとは!」
「……ええと」
 どうやら目の前の骸骨はわたしを襲うつもりはないらしい。
 つまり、お化けとかゾンビとかの類ではない。
 しかし。
「守護者とか言った? っていうか、そのシルフィア何とかってわたしの名前?」
「そうです、シルフィア・アレクサンドラ・ニコ」
「長いからシルフィアでいいわ」
 わたしの心臓はまだ暴れているけれど、とりあえず現状把握が先だ。頭を掻きながら、やっと岩壁から離れると骸骨――ええと、マルガリータって言った? ピザかな? 美味しそうな名前で何よりだけど、当の本人は骨しかない。
「はい、シルフィア様」
 何もない眼窩だというのに、どこか陶然としている声音であるせいか、わたしをうっとりと見つめているんだろうと思ってしまう。
 マルガリータの名前もそうだけれど、その声も可愛らしい女性の声。身体つき(?)が小柄だから若いのかな、なんてすら考えてしまうほどの。

「ちょっと、わたしは意味が解らないのだけど、あなたが知っていることを全部教えてくれる?」
「もちろんです、シルフィア様!」
「っていうか、さっきまであなた、そこに倒れていたわよね? 何で動けるの?」
 わたしが近くの地面を指さしながら言うと、マルガリータは小首を傾げて少しだけ考えこんだ。
「うーん、倒れていたのは死んだから?」
「いや、それは見れば解ると言うか」
「長くなりますので、最初からお話ししますね! とりあえず、シルフィア様も立ったままだと疲れてしまうでしょう? せめて、テーブルと椅子くらいは作ります!」
「え?」

 どういうこと?

 そう考えているわたしの目の前で、マルガリータはその右手を上げて何か呪文のようなものを唱え始めた。すると、彼女の立っている足元が青白く輝き、美しい文字列が浮かび上がる。
 え、何コレ、魔法?
 杖とかなくても魔法って使えるの? とかどうでもいいことを考えているうちに、何もなかった洞窟内には似つかわしくない、彫刻の入った木製のテーブルと革張りのソファが現れていたのだった。

 しかし、マルガリータはその場にがくりと膝を突くと、ぐったりと頭を下げている。
「復活後に魔法使うと疲れるみたいですー」
「そ、そうですか」
 やっぱり何て言ったらいいのか解らず、曖昧に笑って見せると、マルガリータはわたしにソファに座るよう促してきたのだった。
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