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第六章 実り多き秋の騒動
183.画策を阻止
しおりを挟む☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(????視点)
「セリカ嬢がまさか帰還されるとは」
その事実は確かだ。
帰還式は本日開かれ、そこからまだ数刻しか経っていない。
「しかし、あの美貌はまさしく先先代侯爵夫人そのものと言っていい。いったい誰の御名手になるか」
それも、貴族間で実しやかに話題となったことだ。
リチェルカーレ侯爵家の末姫が参上された時は、周囲が静まり返り、誰もが息を飲んだ。
瞳の色を除けば、写し身かと疑う程酷似した彼女。
歳はまだ若いものの、姿絵でもごく稀にしか出回っていない祖母君の全盛期其の物だと誰もが思ったほどだ。
陛下や先代方はさして驚かれていなかったが、事前に会っていておかしくない。
だが、同時に危惧する事が出来た。
「やるのも惜しい。拐かすか?」
このように、性根が腐り切った輩をあぶり出すために、我らが動く必要が出てきたのだから。
「聞いちまったぜぇ、おっさんら」
他の誰よりも早く、我らが特攻隊長殿がいつのまにか待機場所から転移か飛び降りたのか、奴らの前に姿を出していた。
我らも続こうとしたが、隊長が後ろに回していた手で合図をするまで待てと指示を送ってきたので皆待機する事となった。
「だ、誰だ⁉︎」
セリカ姫を拐かそうと発言した輩が、予想通り驚き周囲を見渡すもすぐに隊長の姿を視認出来ない。
まあ、無理もない。
隊長は暗部が身につける中でも、我ら特務隊しか許されてない隠蔽効果が高い術式を組み込んだ装束を纏っているため、訓練してないあの輩どもでは視認出来ぬのも無理はない。
「見えねぇのは無理ねぇよ。それよか、今までの発言なんかは既に洸石に保存済みだ。言い逃れと、この後の末路……我が身で実感するんだな」
最後の言葉に、ただならぬ殺気を感じたのは奴らだけでなく我らも同じだ。
だが、今回同行している暗部は事情を知っているので納得出来る。
彼の姫は、隊長がずっと見守ってきた方なのだから。
(ご息女とそう変わらないか少し下であるらしいから……)
ご自分の子供のように見守ってきたと言って過言ではない。
感情を表に出すことを咎められる我ら暗部ではあっても、彼女の事は別格であるからだ。
馬鹿な輩どもはそれを知らないのは当然だが、姿が見えない隊長の殺気に当てられて情けないほど脂汗を吹き出してその場にへたり込んでいた。
「あーあ、おっ前らだけじゃねぇだろうが。まあ、いい。行け」
命令と腕が下されたのを合図に、我らも天井から転移で部屋に降り立ち、逃げ惑う馬鹿な貴族ら数人を捕らえにかかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(フォックス視点)
全く、仕事とは言え腹わたが煮えたぎりそうにむしゃくしゃした。
(予想は俺だってしてたが、こんなすぐに出てくるとはなぁ?)
セリカちゃんの誘拐計画。
まだ潜んでいやがった馬鹿貴族どもがやらかすだろうとは思ってたが、帰還式直後に計画を打ち合わせしたがるとはマジで性根が腐ってやがる。
だが、これをあぶり出すのを俺ら暗部に指示したのが他でもなく現神王のエディオス陛下だった。
『カティアの家庭教師で来る際に見かけて、いくらか噂は広まってるはずだ。だから、フォックス。帰還式当日にはきっと出て来やがる。その後から頼んだ』
俺には否と唱える権限なんてのはないが、陛下はきっとセリカちゃんの祖母君の時も似たことがあったのを先代や先先代に聞いて、そこから推測したのだろう。
今のセリカちゃんが祖母君の若い頃と瓜二つだと思われるくらい、二人は似過ぎていた。
俺だって、シュレインで見かけた時にはその祖母君が変幻したがってお忍びで来たかと勘違いするくらいだった。
だが、実際は行方不明だったセリカちゃん本人だった。
まだ100年前の当時、記憶が戻ったばかりで自分の次兄と同じ見解の魔眼が開花した直後に俺が接触した時にゃ、誰にも告げないで欲しいと頼み込まれたからだ。
『この眼を持ったまま、リチェルカーレには戻れません』
無理もない。
襲撃事件の被害者の一人だからな。
あれはもう片付いたと言っても、まだくすぶってる連中達はごまんといやがる。陛下ならまだしも、暗部の俺からじゃ言ったところで信じてもらえないだろう。
だから、俺はらしくもなく独断で暗部の中でもごく一部の奴らだけに事情を打ち明けて、交代で彼女の護衛にあたった。
俺自身、表向きはちょうどシュレインにあるギルドの副ギルマスだ。ギルドにはマスターのルシャーターだけしか、俺の本職は知らない。
だから、彼女だけにはセリカちゃんの事を打ち明けて、出来るだけ彼女の身辺を護ってやることにした。
表面上は、彼女が引き取られたバルの常連として。
幸い、俺は素でものんきであくせく働かない性質でいたから入り浸っていても大将達にはバレなかった。
セリカちゃんの方は、学園側なら部下が、シュレイン内部なら俺がと護衛を代わる代わる担当し、バルに入り浸ってる時は積極的に声をかけて気さくな感じで近づいた。
最初は緊張感を解す為でもあったが、自分の子供とほとんど変わりない嬢ちゃんをほっとけなかったから。
言い訳にとられても、実際娘はあの子より数十年歳上と本当に近かった。性格は真逆だが、どこか危なっかしいところはよく似ていた。女の子だからってのもあるが、貴族と市井の間で育っててもやはり貴族寄りの癖は抜けてなくて、けど、俺の娘のように危機回避能力に長けてるわけじゃない。
(あいつは今近衛だしなぁ……?)
暗部だからと、裏の者や市井でも癖のある連中ばかりだと思われるだろうが、カティアちゃんが知ってるようなヴァスシード王妃の実家と同じ、貴族から出て来る奴だっている。
俺も、そこそこの貴族でもあるが。家の仕事は主に家内に任せていた。
それと暗部を表立って公表するわけにもいかないので、表面上の爵位も一応は持ってても、実質そっちの権限は家内が持ってるに等しい。
まあ全く、俺も仕事をしないわけじゃない。
考えがだいぶ逸れたが、今これで二件目の計画阻止を実行して来たとこだ。
幸い、大元がこれで取り潰せて俺が出る幕はもうないようだ。
あとは小や中の隊長職を持ってる連中らで大丈夫だとあいつらからも言われたんで、俺は俺でやるべき仕事があっから特務隊装束を脱ぐことにした。
(あーあ、血の匂いはなくったって殺気はまだ薄まってねぇなぁ?)
本当はぶっ殺してやりてぇくらいだったが、それは拷問担当の仕事だ。
俺もやってない訳じゃねぇが、いい歳なのと自分の職務は弁えてっから分担作業を蔑ろにはしない。
今から、俺は陛下に報告に行かなきゃなんねぇからな。
「やってやれんわぁ」
久々に、娘より表に出すことのない方言が口から出てしまった。
それくらい、余裕を持たせなきゃ、普段の任務に加えられてるセリカちゃんの護衛にも戻れないしな。
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