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第十三章 神王の御名手
403.神の威圧(イシャール視点)
しおりを挟む 結局、楽しいはずの長期休みは求婚してきた数々の家の対応に追われて、まともに休めなかった。
最後は、
「家のことは気にせずに選べ。どんな選択でもお前を尊重する。お前の母ともそう話していた」
という父の後押しもあり、俺はこれまで通りにリューテシアとの未来を切望した。
リューテシアからの手紙は来ないし、どこにもお出かけできないし。踏んだり蹴ったりだ。
俺が絶対絶命の状態であることを彼女は知っているのだろうか。
他の貴族から脅迫とかされていなければいいけど。
クロード先輩が卒業した学園で新学期が始まり、新入生として入学した妹のリファの晴れ姿を見て人目も憚らずに涙を流す俺の隣ではリューテシアが苦笑していた。
いつもと同じだ。
リューテシアの家には俺との婚約を揺るがすような知らせは届いていないということか。
無事に入学式を終え、親睦パーティーに向かう前に女子寮へ婚約者殿を迎えに来たのだが……。
先客がいた。
「リューテシア・ファンドミーユ。パーティーには出席せず、オレの研究室へ来い」
「なぜですか? わたしには婚約者がいます。いくら名門王立学園の教員からのお誘いでも了承しかねます」
しつこくリューテシアを誘っているのは、俺たち薬術クラスの担当教員であるマリキス先生だった。
元々、この学園の卒業生で、教師として剣術クラスを担当していたが、揉め事を起こして薬術クラスに追いやられた過去を持つ。
俺たちが入学以降も、リューテシアや下級貴族の女生徒に声をかける姿が度々目撃されている。
反対にカーミヤ嬢のような上級貴族令嬢には態度をかえる、手のひらクルクル野郎だ。
男子生徒からは軽蔑され、女子生徒からは気持ち悪がられている。
ゲームだから、顔だけはいいんだけどね。
「先生、俺の婚約者殿に何かご用意ですか?」
「ブルブラック。貴様はお呼びでない。さっさと会場へ向かえ」
「それはできません。お姫様をお迎えに上がるのが俺の役目です。どうしてもと言うのなら父に、ブルブラック伯爵家へ直接願い出てください」
俺はマリキス先生の前を通り過ぎて、リューテシアの手を掴んだ。
「おいで」
「は、はい」
あまり強引なことはしたくないのだが、これは致し方ない。
感情の昂りを必死に抑え、リューテシアの手をきつく握りしめてしまわないように気をつける。
しかし、無意識のうちに足は速くなってしまって、リューテシアの「お、お待ちください!」という声で我に返った。
「あ、ごめん! 少しでも早くリューテシアを連れ出したくて」
「ありがとうございました、ウィル様。あの、実は……」
リューテシアはきゅっと唇を結んでから言葉を紡ぎ出した。
「以前からマリキス先生に誘われることはありました。でも、全てお断りしていました! ですが、遂に長期休みの間にファンドミーユ家に婚約の依頼が来てしまって」
「なんだって!?」
それは俺の知らなかったことばかりだった。
「ブルブラック伯爵家にはウィル様との婚約依頼が多く届いていると聞き及んでいます。もしも、わたしたちの婚約が破棄されるようであれば……と」
「ふざけやがって。あのロリコン野郎、俺からリューテシアを奪おうっていうのか!」
パーティーホールへと続く道に植えられた並木に打ち付けた俺の拳をリューテシアは優しく包み込んでくれた。
「わたしは誰にも奪われるつもりはありません。しかし、万が一にもウィル様の手から離れるようなことになれば自死するつもりです」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、リューテシア! 話が飛躍しすぎてるって。自死なんて言わないでくれ」
決意に満ちた目を向けられれば、怒りに沸々していた俺の頭も冴えるというものだ。
「それくらいの覚悟を持っているというお話です。しかし、ウィル様の貴族としての立場もありますから他の貴族令嬢との政略結婚が成立するのであれば、わたしは潔く身を引きます」
「でも、その場合は――」
「いいえ。ウィル様を脅迫するような真似はいたしません。その場合は修道院に向かうまでです」
それはつまり、自分の将来を神に捧げるということだ。
今後、誰の手も届かない存在になる。
もちろん俺がどれだけ手を伸ばしても、決して触れることはできない。
「……嫌だ。そんなの嫌だ!」
こんなにも情けない声を出したのはいつ以来だろう。
俺はいつからこんなにも弱々しい男に成り下がったんだ。
「学年末パーティーに参加できなかったことをずっと悔いていました。あの日は、わたしたちの婚約について話があると、お父様から呼び戻されてしまいまして」
やっぱりリューテシアのところにも、俺の元に多方面から婚約依頼が殺到しているという話が伝わっていたのだ。
「今日のパーティーを楽しみにしていました。ですが、わたしでは――」
「きみは俺のたった一人で、かけがえのない婚約者だ。今夜はリューテシアと踊ると決めている。きみ以外の人と一緒になるつもりはない。その……だから」
俺は言葉を詰まらせた。
言いたいことは喉元まで上ってきているのに素直に声に出せない。
視線は自由に泳いでいるのだろう。
リューテシアが心底心配そうに俺を見上げていた。
「だから、今夜は帰さない」
言ってしまった――っ!
驚きのあまり言葉を失い、大きな瞳をより一層大きく開いたリューテシアは何度か唇を動かしては止めてを繰り返してから、
「はい」
と目を細めた。
最後は、
「家のことは気にせずに選べ。どんな選択でもお前を尊重する。お前の母ともそう話していた」
という父の後押しもあり、俺はこれまで通りにリューテシアとの未来を切望した。
リューテシアからの手紙は来ないし、どこにもお出かけできないし。踏んだり蹴ったりだ。
俺が絶対絶命の状態であることを彼女は知っているのだろうか。
他の貴族から脅迫とかされていなければいいけど。
クロード先輩が卒業した学園で新学期が始まり、新入生として入学した妹のリファの晴れ姿を見て人目も憚らずに涙を流す俺の隣ではリューテシアが苦笑していた。
いつもと同じだ。
リューテシアの家には俺との婚約を揺るがすような知らせは届いていないということか。
無事に入学式を終え、親睦パーティーに向かう前に女子寮へ婚約者殿を迎えに来たのだが……。
先客がいた。
「リューテシア・ファンドミーユ。パーティーには出席せず、オレの研究室へ来い」
「なぜですか? わたしには婚約者がいます。いくら名門王立学園の教員からのお誘いでも了承しかねます」
しつこくリューテシアを誘っているのは、俺たち薬術クラスの担当教員であるマリキス先生だった。
元々、この学園の卒業生で、教師として剣術クラスを担当していたが、揉め事を起こして薬術クラスに追いやられた過去を持つ。
俺たちが入学以降も、リューテシアや下級貴族の女生徒に声をかける姿が度々目撃されている。
反対にカーミヤ嬢のような上級貴族令嬢には態度をかえる、手のひらクルクル野郎だ。
男子生徒からは軽蔑され、女子生徒からは気持ち悪がられている。
ゲームだから、顔だけはいいんだけどね。
「先生、俺の婚約者殿に何かご用意ですか?」
「ブルブラック。貴様はお呼びでない。さっさと会場へ向かえ」
「それはできません。お姫様をお迎えに上がるのが俺の役目です。どうしてもと言うのなら父に、ブルブラック伯爵家へ直接願い出てください」
俺はマリキス先生の前を通り過ぎて、リューテシアの手を掴んだ。
「おいで」
「は、はい」
あまり強引なことはしたくないのだが、これは致し方ない。
感情の昂りを必死に抑え、リューテシアの手をきつく握りしめてしまわないように気をつける。
しかし、無意識のうちに足は速くなってしまって、リューテシアの「お、お待ちください!」という声で我に返った。
「あ、ごめん! 少しでも早くリューテシアを連れ出したくて」
「ありがとうございました、ウィル様。あの、実は……」
リューテシアはきゅっと唇を結んでから言葉を紡ぎ出した。
「以前からマリキス先生に誘われることはありました。でも、全てお断りしていました! ですが、遂に長期休みの間にファンドミーユ家に婚約の依頼が来てしまって」
「なんだって!?」
それは俺の知らなかったことばかりだった。
「ブルブラック伯爵家にはウィル様との婚約依頼が多く届いていると聞き及んでいます。もしも、わたしたちの婚約が破棄されるようであれば……と」
「ふざけやがって。あのロリコン野郎、俺からリューテシアを奪おうっていうのか!」
パーティーホールへと続く道に植えられた並木に打ち付けた俺の拳をリューテシアは優しく包み込んでくれた。
「わたしは誰にも奪われるつもりはありません。しかし、万が一にもウィル様の手から離れるようなことになれば自死するつもりです」
「ちょっ、ちょっと待ってよ、リューテシア! 話が飛躍しすぎてるって。自死なんて言わないでくれ」
決意に満ちた目を向けられれば、怒りに沸々していた俺の頭も冴えるというものだ。
「それくらいの覚悟を持っているというお話です。しかし、ウィル様の貴族としての立場もありますから他の貴族令嬢との政略結婚が成立するのであれば、わたしは潔く身を引きます」
「でも、その場合は――」
「いいえ。ウィル様を脅迫するような真似はいたしません。その場合は修道院に向かうまでです」
それはつまり、自分の将来を神に捧げるということだ。
今後、誰の手も届かない存在になる。
もちろん俺がどれだけ手を伸ばしても、決して触れることはできない。
「……嫌だ。そんなの嫌だ!」
こんなにも情けない声を出したのはいつ以来だろう。
俺はいつからこんなにも弱々しい男に成り下がったんだ。
「学年末パーティーに参加できなかったことをずっと悔いていました。あの日は、わたしたちの婚約について話があると、お父様から呼び戻されてしまいまして」
やっぱりリューテシアのところにも、俺の元に多方面から婚約依頼が殺到しているという話が伝わっていたのだ。
「今日のパーティーを楽しみにしていました。ですが、わたしでは――」
「きみは俺のたった一人で、かけがえのない婚約者だ。今夜はリューテシアと踊ると決めている。きみ以外の人と一緒になるつもりはない。その……だから」
俺は言葉を詰まらせた。
言いたいことは喉元まで上ってきているのに素直に声に出せない。
視線は自由に泳いでいるのだろう。
リューテシアが心底心配そうに俺を見上げていた。
「だから、今夜は帰さない」
言ってしまった――っ!
驚きのあまり言葉を失い、大きな瞳をより一層大きく開いたリューテシアは何度か唇を動かしては止めてを繰り返してから、
「はい」
と目を細めた。
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