上 下
534 / 782
番外編

第88話『中はレアのマグロカツ』

しおりを挟む

「……魚を使った、カツですか?」


 厨房にて、料理長のキルトに奥様が告げても……彼も想像がしにくいのだろう。私ですら想像がしにくい料理なのに、キルトが同じようでは……その、大丈夫なのだろうか?

 奥様は身重なので、これまで以上に厨房に立たれるのは難しいはずだ。


「表面をかなり熱い油で、カリッと揚げれば……中は程よく火が通った仕上がりになります。一度知ると病みつきですよ」

「……なるほど。使う魚はマグロでよろしいのでしょうか?」

「今回はそれだけにしましょう」


 今の口ぶりからだと、他でも出来るということなのだろうか。奥様の知識はどれだけ豊富なのでしょう。お城でも、まかない料理番としてお仕えされてたそうだけれど……王族の方々にも馳走を振る舞われていたとお聞きしたが。

 私達のような使用人が、本当に同じものを口にしていいのか。最初は畏れ多いと感じたが、奥様が惜しみなく知識を披露してくださるので、今はそれが普通だ。

 私はお手伝いした方が良いか進言すると、奥様は大丈夫だとおっしゃった。


「まあ……分厚いのですね」


 キルトに指示した、カツの要となる魚の切り方は……とても厚みがあったわ。先ほど奥様が召し上がっていらっしゃった時よりも、分厚い。

 それに、キルトが粉や……卵を溶いたものをまとわせた時は驚いてしまったけれど。奥様がおっしゃるには、今回は卵をつなぎにした方が美味しく仕上がるとのこと。

 さらに、乾いてはいるが何かを削ったような粗い粉をまとわせて……これで下準備は整ったそうです。

 あとは、油の中で、奥様がおっしゃったように表面をカリッと揚げるだけで良いのだとか。ただし、油の熱さは少し煙が出るくらいが良いらしい。

 びっくりしたけれど、奥様がおっしゃった『中は生』を維持するためにはこれくらいがよろしいとのこと。

 油が温まるまで、今度ははじめて見る道具でキルトが大根をゴシゴシと擦っていたわ。


「……これは?」


 固い大根がペーストのようになっていく。奥様にお聞きすると、ふふっと笑われて……ある瓶を冷蔵庫から取り出された。


「今から食べるマグロカツには、最適な調味料なんですよ? これと一緒に合わせるとさらに美味しくなります」

「……まあ」


 全く想像がつかないが、奥様がそうおっしゃるのなら……とても美味しく仕上がるのでしょう。少しずつ、期待が膨らんできたのだった。

 そして、出来上がったカツの内側はまるで宝石のように光輝いて見えた。そこへさらに、奥様ご推奨のトロトロしたソースをかければ。


リーゾが欲しくなる、マグロカツの完成ですね」


 さらに、散らした細かいハーブが彩りをよくしていたわ。本当に……これが食べ物?

 奥様が、細長い棒である『ハシ』を使われて躊躇いもせずに頬張れば。そのお顔は、とても輝いたものとなったのだ。


「んー! さすがです。キルトさん。絶妙な火加減に仕上がっています」

「ありがとうございます」

「せっかくなので、皆さんも食べましょう?」

「「「では」」」


 私達は、フォークに刺してひと口かじったのだけれど……衣はいつも通り美味しいのに、臭みがほとんどない魚の味わいとソースの相性の良さがすごくて……ついつい、お代わりをしてしまうほどだったわ!?

 生の魚がこれほどまでに……美味しいだなんて。

 奥様のお言葉は正しかった。ねっとりした舌触りも私は嫌いではなかったのだ。
しおりを挟む
感想 319

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。