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騎士のまかない⑯

第3話 寂しい胸元

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「わ!?」

「イツキ殿、隙ありですよ!!」


 おかしい。


「では、お返しです!!」

「わっぷ!? やりましたね!!」


 おかしい……。その位置とその会話の相手はどう考えても、婚約者の俺であるはずなのに。

 妹のアイシスが……ずっと、ずーっとイツキと一緒に海遊びをしているのだ。イツキも不満などないように楽しんでいる……。いや、楽しんでいるのはいいんだ全然。

 なのに……一緒に出来ない悔しさが込み上げてくる。イツキと遊びたい欲望があった俺としては、妹とは言えその立ち位置を変わりたかった!!

 今は水の掛け合いをやめて、岸辺で貝拾いをしているようだが……遠目に見ても、イツキの上着が肌に張り付いていても非常に目の毒だ!!

 しゃがんでいるから、余計に色気が漂っているように見えてしまう!!


(……しかし、イツキは楽しそうだ)


 この後、実はバーベキューをやるとは決めているのだが(イツキからの提案で)。彼女が調理以外で遊ぶことなど……去年の冬にジェイシリアでスケートをしに行ったくらいだ。

 春先もだが、年始はお互いが忙しくて……デートもあまり出来ないでいた。それとは別に、リュシアーノ王女殿下から、先日大変なことを聞いてしまったが。


『イツキに愛友あいゆうさいのお返ししてないの!!?』


 どうも、殿下の前世……イツキには前いた世界では、愛友祭のことをバレンタインと呼び、おふたりのいた国では男女がチョコレートなどを贈り合うのもあるが……逆にお返しだけに特化した日もあるらしい。

 無論、強制ではないし……イツキもまだ二年近くしかこの世界に滞在していないので、俺にも特に言わなかった。

 だが、イツキの友人という立場で……実は転生者だった殿下にはそうもいかなかったようだ。友人の婚約者には愛友祭でチョコレート菓子を渡しても、俺が何も贈り返さなかったことに叱られてしまった。


『婚約指輪はもう贈っているけど……ちゃんとお返ししなさい!! イツキは気にしてないとか言うでしょうけど、欲しいはずよ!!』


 そう。イツキが欲しいかもしれない言葉に……ずっとずっと悩んでいるのだ。

 イツキは、基本的に物欲がない。あっても、食材や調理道具くらいで……それは普段の仕事についてだ。

 俺と言う婚約者が出来ても、出かけられないことに文句は言わないし……泣かせたのは、幾度かあるがそれでも自分に非があると謙遜しがちなのである。

 だからこそ、どんな贈り物であの美味かったチョコレート菓子のお返しをすればいいのか。非常に悩むが、水着を買ったのは金を出しただけで俺が選んだわけではない。

 となれば……宝飾でも、身につけやすいものでいくか?

 貝殻を拾って喜んでいるイツキの胸元を見て、俺は相変わらず婚約の証である指輪をチェーンで通しているが……彼女はそうじゃないのを見て、思った。今は海で遊ぶと言うことで指にはつけていないからだ。


(よし! とびっきりのチェーンを贈ろう!!)


 ついでに、少々のペンダントトップになるような宝石も贈ってみよう。それを決めてから……俺は、アーレン達に任せていた炭火の様子を見に行くことにした。
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