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メイドのまかない④

第2話『熟成したタレ』①

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 焼けてくる、お肉や野菜の良い香り……。

 ソースもなにも浸していないのに、この暴力的とも言える良い香りには……一歩、また一歩。

 調理を手伝っていらっしゃるレクサス殿の横に、つい引き寄せられてしまった。


「おん? サフィアもはよぉ食いたいんか??」

「い、いいえ!!?」


 なんてことだろう……。

 これまで……いいえ、フルコースがまだあった頃は。豪華であっても、冷え切っている料理には飽き飽きしていた自覚があった。

 なのに……出来立ての料理の美味しさを、イツキ殿からいただくなどが増えて……私は変わってしまった。いつでも、温かな料理を口に出来る喜びを知り……そして、今まさに。

 今から出来上がる料理を口にしたいと言う思いが、先走ってしまったのだ。自分はこんなにも意地汚い人間だったのかと思うくらいに。


「ふふ。もう少しだけ待っててください。すぐに出来ますので」

「せや、待っとき?」


 このような私を見ても、誰も咎めることはなかった。むしろ……イツキ殿もだがレクサス殿も嬉しそうだった。

 レディとしてはいけないことをしかけたのに、本当にこの方々はお優しい……。


「サフィアもお腹が空いたのね? この匂いだもの、よくわかるわ」

「ふふ。リュシア? あなたも顔が緩み切っているわよ?」

「お母様だって」


 殿下や王妃殿下のおふたりも……とても楽しみに待っていらっしゃった。

 フルコースが無くなる以前だったら見られなかったお姿……。本当に、アレルギーの一件があったとは言え、あの慣習がなくなって良かったと思えた。


「……くぅ、良い匂いだ」


 そう言えば陛下は……と、声を頼りに探せば……手伝っていらっしゃったのだ。イツキ殿や料理長の作業を。

 国王陛下が!!? と以前なら思ったが、料理長の婚約パーティーの料理をイツキ殿と協力されてお作りになられたとおっしゃっていた。

 加えて、先日王妃殿下が珍しく陛下にお怒りの矛を向けられた前の晩にも……イツキ殿の調理を手伝われたとか。

 随分と、陛下は執務以外も意欲的になられた。御息女であらせられる殿下も……本当に、いい光景だと思えたわ。


「お肉は、特にオーク肉や豚肉はしっかり火を通さないといけません。特製のタレもご用意しましたので、もう少しです」

「……その茶色いソースがか?」

「以前から仕込んでいましたので、熟成もまずまず。甘辛くて、お肉も野菜にもよく合います」


 熟成……と言う言葉については、以前だと然程知らなかったが。

 肉をあえて、旨味を引き出すのに少し腐らせる。

 チーズを作るのに……長い時間をかけて味を作る。

 ソースなどでは、煮込んだりして……下手すると何ヶ月も冷暗所で放置。

 これらをすることで、味にコクや深みと言う部分が強くなるのだとか。すべて、イツキ殿から教わったことだけど。

 だが……それを可能にした、イツキ殿が手がけたソースことタレが。

 色味はともかく、味に期待が高まってとても美味しそうに思えた。思わず、唾を飲み込んでしまうくらいに……。
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