上 下
35 / 782
騎士のまかない⑥

第3話『魅惑のカレードリア』①

しおりを挟む
 イツキの『まかない』を食べる時間帯はだいたい深夜が多かったが、今回は違う。

 まだ日も出ていて、厨房はワルシュ料理長や他の料理人達が忙しなく動き回っている。イツキは今日、俺と出かけていることで休暇を申請していたが……彼女の現在の住まいはワルシュ料理長が所持していた管理室だ。どうしたって、ここに戻ってきてしまうのは仕様がないのだ。


「お? 早いじゃねぇか、ぼん


 ネルヴィス隊長とは違い、まだまだ若輩者でしかない副隊長の俺は、ワルシュ料理長には子供扱いされても仕方がない。

 だが、イツキと交際している事は認めてもらえているので、俺は呼ばれると軽く会釈はした。


「ただいまです、料理長」

「おう。つか、なんで坊も連れてきた??」

「試作していた『あれ』を召し上がっていただきたくて」

「『あれ』……か。完成したのか??」

「はい。ほぼ完成です」

「……何を作ってくれるんだ??」


 二人の間に割って入ると、二人揃っていい笑顔になった。


「『カレーライス』と言う料理です。それをまかない用に、ちょっとだけ豪勢にして『カレードリア』にしちゃいます!」

「カレー?? ドリア??」

「実は今日召し上がっていただこうと思っていたので、下拵えは済んでいます。待っててください!」


 と言って、厨房に入ってしまったので俺は料理長の隣に立っているしか出来なかった。

 すると、料理長はいきなり俺の頭をガシガシと撫でてきた。


「いい笑顔にしてくれんじゃねーか? あんな笑顔、ここに来てから見たことがねぇ」

「……どうも」


 たしかに、イツキはこちらが見惚れるような笑顔を向けてくれた。今日一日、城下町に行っただけでも……異世界から来た彼女にとっては目新しいものだったかもしれない。だが、食文化が富んでいる彼女の世界の方がきっと素晴らしいと思うのに……俺といてよかったのだろうか?

 今更ながら、自信がなくなってきた。

 いつか、彼女が元の世界に帰るとしたら……俺は、きっと発狂だけで済まないだろうから。


「んで? 今日はジェイシリアのギルド行ってきたのか?」


 料理長の声に、俺は沈んでいた気持ちを切り替えることにした。


「……はい。ギルドでは問題なく……と言いたいところですが、イツキが特級料理人だと言う事実はカード作成の際に知られてしまいました」

「そこだけはしょーがねぇよ。他には?」

「イツキのレシピがかなりの金額になり……その金は俺が預かっています」

「んじゃ、そのまま持っとけ。イツキが使う機会はそうそうねぇ……。お前さんと出かける時くらいだろ」

「……わかりました」

「覇気ねぇなあ? 俺ぁ、これでも認めてるんだぜ?」

「…………」


 先程の考えがまた戻ってきた。

 いつか、絶対、などと可能性がないとは言い切れない。

 まだ一年もいないのだ、イツキは。だから、その『いつか』がいつになるのかもわからない。今日一緒にデートに出かけたことで……今更ながら思ったのだ。

 この先もを思うと……早く結婚をして彼女を縛り付けたいなどと、浅ましい思いまで湧いてくる。


「アーネストさん! お待たせ致しました!!」


 そんな暗い考えをしていると、イツキが戻ってきた。

 手にしていたのは、盆の上に熱々の焼けたチーズの匂い以外に……これまでにないくらい、食欲をかき立てる独特の香辛料の香りがした。
しおりを挟む
感想 319

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

【創造魔法】を覚えて、万能で最強になりました。 クラスから追放した奴らは、そこらへんの草でも食ってろ!

久乃川あずき(桑野和明)
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ『面白スキル賞』受賞しました。 2022年9月20日より、コミカライズ連載開始です(アルファポリスのサイトで読めます) 単行本は現在2巻まで出ています。 高校二年の水沢優樹は、不思議な地震に巻き込まれ、クラスメイト三十五人といっしょに異世界に転移してしまう。 三ヶ月後、ケガをした優樹は、クラスメイトから役立たずと言われて追放される。 絶望的な状況だったが、ふとしたきっかけで、【創造魔法】が使えるようになる。 【創造魔法】は素材さえあれば、どんなものでも作ることができる究極の魔法で、優樹は幼馴染みの由那と快適な暮らしを始める。 一方、優樹を追放したクラスメイトたちは、木の実や野草を食べて、ぎりぎりの生活をしていた。優樹が元の世界の食べ物を魔法で作れることを知り、追放を撤回しようとするが、その判断は遅かった。 優樹は自分を追放したクラスメイトたちを助ける気などなくなっていた。 あいつらは、そこらへんの草でも食ってればいいんだ。 異世界で活躍する優樹と悲惨な展開になるクラスメイトたちの物語です。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。