後宮見習いパン職人は、新風を起こす〜九十九(つくも)たちと作る未来のパンを〜

櫛田こころ

文字の大きさ
上 下
108 / 154
如何に婚姻まで(番外編)

第10話 一方、孤高の武官?とやらも

しおりを挟む
 なんだかんだで、恋花れんかとのためだと説き伏せられたのだが。斗亜とあにそれなりの講義と言うものを耳に入れてもらっても……紅狼こうろうは本当に自分からせねばならないのに酷く羞恥を覚えたままだった。

 如何に、自分の美醜が格上なのかは自覚はしている。従姉妹の緑玲りょくれいが身近にいるので、良く知っているつもりだった。ただ、それで好奇の眼が疎ましいとずっと思いこんでいた時期が長すぎて……誰かを誠に愛おしく思ったことがなかった。身内への親愛は別ではあるものの。恋情は、本当に初めて過ぎて……記憶が戻ったことで、初恋の少女と結ばれたことに歓喜し過ぎて制御が効かないのだ。

 斗亜から結局持って行けと押しつけられた書簡は、現在私室に使わせてもらっている後宮の端の部屋にまで持ってきた。刻限はまだ夕方だが、今日はもう仕事も特にない。復興作業も、粗方目処がついたので紅狼の出番もないのだ。武官の仕事も、急ぎのはなかった気がする。

 恋花には会いたいが、邪な心情のまま訪問すれば……場所次第では、仲違いしたときのようになるので今は避けたかった。であるからして、ここは挑まねばと。書簡のひとつを手元に置き、開いて『勉学』することに決めたのだ。

 決して、疚しい思いではないと心に釘を刺して。あくまで、恋花との将来を危惧しての勉学だと己に言い聞かせた。非常に、稚拙な言い訳だとは自覚していても。


「……女人の身体、とは。やはり、こうなのか?」


 絵師に描かせたものでも、これは古い手であった。筆の取り方に注目が行くのは、やはり家柄は低くとも官位のある貴族の人間の性だからか。肉感にっかんを事細かに描いている技術の素晴らしさに意識が傾くが。途中で、これが愛する恋花に挿げ替えてしまったところで、勢いよく閉じた。刺激が強すぎて、少々想像しただけで鼻から血が噴き出しかけた。斗亜が選んだものでも、相手を恋花と例えろと注意は受けたが……紅狼にはやはり刺激が強すぎて、心の臓が酷く高鳴ってしまう。情けないが経験の無さのせいで、恋花をうまく誘導出来る自信がないのが不安で仕方ない。

 この歳で、男のあれこれを何も経験してない人間もいなくはないが、極稀だ。斗亜は地位の関係で、緑玲以外も致したがあくまで地位の関係でしかない。愛するのは緑玲だけだと豪語しているし、皇妃となる彼女以外の妃らはこれを機に退室させる計画は秘かに進められている。祈雨きう妃のこともあったために、彼女以外の犠牲者を出したくないのも理由の一つだが。紅狼も、別に意は唱えないのでそれは構わない。

 しかし、いざ己のこととなれば、話は別。唯一の女に、夜の営みを満足させられる技術は正直言って無い。もう一度、斗亜に教授を頼もうかと悩んでいれば、何故か頭を叩いてきたのは九十九つくも雷綺らいきだった。

 美麗な顔立ちが、酷く呆れ顔になっていて珍しいとは思ったが。


『……男なのに、情けないな』
「顕現していきなり、それを言うな」


 女だが、己の九十九なので邪見にはしない。それにしても、いつもは無表情が多いのに、恋花の九十九と番になってからは紅狼のように感情が豊かになりつつある。宿主と九十九は感情が似ると言うが、早くも表れているとは。もしくは、雷綺が恋情を九十九でも男に抱いたからだろう。

 そして、今言われたくない言葉で突かれて、割と胸が痛くなった。


『何を言う? あれだけ勢いがあったのに、恋花の反応ひとつで慎重になるのはわからなくもない。だが、そんな紙切れの裸体を見ただけで羞恥心が昂るとは情けないな?』


 言いたい放題だが、正しくその通りだ。母や姉妹の肌なども、己が幼い頃以来に見てない。せいぜい、湯あみで湯舟に放り込まれた程度のことだ。断じて、好奇から触れてはいない。


「……そうは言うが、お前にも聞くぞ? りょうとそのような関係にまでなっているのか?」
『…………聞くな』
「ほら、俺のことを言えん」
『! だが、紅よりは知識があるぞ? 男女の営みは見たことがある』
「ちょっと待て? 誰のを見たんだ??」


 九十九とて、そのような経験は宿主が関与していなければ『通常』はないはず。誰だと問い返せば、呆れた目をまた寄越してきた。


『紅の弟や妹が生まれたきっかけに決まっているだろう? 誰が好き好んで、あの斗亜のを観に行くか??』
「……そう、か」


 実は、年の離れた弟妹がいるのはまだ恋花に話していないのだが。先に弟が結婚して子を成しているので、李家の跡継ぎはそちらに譲ろうとはしたものの。両親に呪詛や宮城内の襲撃事件。さらには、玉蘭ぎょくらんの孫である恋花との婚約も久々の帰省後に話したところ……。


【是が非でも、早急に連れてきて嫁にしろ!!】


 と、断定するように言われてしまったのもあるが、紅狼としても恋花以外には考えられないのでそれは頷くも。肝心の行動に移せないのが、酷く情けないのもまた事実。雷綺に言われてしまっては、行動を起こさないとわかってはいても……やはり、己の慎重さで恋花を手酷くしないかと思ってしまうのが本音だ。愚か者と揶揄されても、こればかりは初めての経験なので致し方ない。

 無視は出来ない事柄でも、向き合う努力はしなくてはいかんと覚悟を決めて。


「……雷綺、頼む。指摘はしてくれ。出来るだけ読んでみる」
『そうしろ。我も梁とのために、共に読もう』


 と言う展開になり、互いに別々の書簡を読みだしたのだが。豪語していた割には、雷綺も初心だという結果に終わった。同じように閉じてしまったからだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

後宮の最下位妃と冷酷な半龍王

翠晶 瓈李
ファンタジー
毒を飲み、死を選んだはずなのに。なぜか頭にお花が咲きました……。 ♢♢♢ ~天より贈られし『甘露』降る大地 仁政を施す王現れる証 これ瑞兆なり~ ♢♢♢ 甘露とは天から与えられる不老不死の霊薬。中国古来の伝説では天子が仁政を行う前兆として天から降るといわれている。 ♢♢♢ 陥落寸前の瑤華国で死を望み『毒』を飲んだ最下位妃、苺凛(メイリン)。 けれど『毒』は〈死〉ではなく『霊力のある花』をその身に咲かせる〈異能〉を苺凛に与えた。 一方、軍を率いて瑤華国を征圧した釆雅国の第二王子、洙仙(シュセン)。 彼は龍族と人の血が混ざった冷酷な男だった。 「花が咲き続ける限り、おまえは俺から逃れられない」 死を願う苺凛に洙仙は冷たく笑う。 冷酷で意地悪な洙仙が嫌いな苺凛だったが、花に秘められた真実を知ってから気持ちに変化が……。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...