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第58話 麺麭の使い方
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麺麭が出来上がった。釜でうまく焼き上がり、香ばしい麦と黄油の薫りが厨房内に広がっていく。
恋花もうっとりしてしまいそうだったが、この麺麭を皇帝陛下と緑玲妃の朝餉に召し上がっていただくものだ。味見は当然しなくてはならない。
梁に崔廉を呼んでくるように頼もうとしたところ。外での騒ぎが点心局まで、いきなり起きたのだった。
「な、なんだぁ!?」
料理人の一人が中に駆け込んできた。その後ろから、黒い靄をまとった『何か』が飛び込んできて、料理人を襲おうとしたのを顕現した彼の九十九が対処していたが。力の拮抗がすぐに保てず、九十九が音を立てて割れたのだ。
「あぁあああぁ!!?」
『恋花、見るな!!』
次に起きたことは、あの女官の時と同じだった。九十九が壊れたのに連鎖したように、宿主である人間も破裂などで殺されていく。
女官より早い展開で起きたそれを、恋花は釘付けになったように目を逸らすことが出来なかった。今起こったことは、昔見たような気がした。どれくらい昔なのかは覚えていないが。
しかし、靄が広がっていくのを止めなくては、と瞬時に頭を切り替えた。冷静になれる自分自身に驚いたけれど、何もせずに逃げるなどしたくない。祖母の封印を解くべく、この後宮に来たからには。何もせずにいるわけにはいかないと思い、次の靄が料理人らに襲いかかろうとしていたところへ……反射で、出来立ての麺麭を投げた。
「え?」
『は?』
梁も恋花がそう対処するのに驚いただろうが。起こった事象に二人でさらに驚いてしまった。
出来上がった『くろわっさん』という花巻のような形の麺麭を、靄の気を逸らす程度に投げただけなのに。その当たった箇所から、蒸発するように消えていったのだ。そのおかげで、倒れていた料理人は九十九に抱えられて逃げることが出来た。
「……これって」
麺麭が武器になるだなんて予想外過ぎるが、誰かが死ぬよりはずっと良い結果だ。ひとりは死んでしまったが、周りの役に立つのなら喜んで使おう。皇帝陛下方には申し訳ないが、麺麭はまた作れる。恋花や梁が生きていれば。
しかし、死ぬつもりはない。玉蘭の封印を解くこともだが紅狼への想いを伝えたいないのだ。伝えるつもりはなかったが、いざ死ぬかもしれない状況になると人間の考え方が変わるのだ。玉砕しても、一度でいいから伝えたい。後宮での居場所をくれた礼も伝えたいのだ。
だから、死ぬつもりはない。
まだ熱い麺麭を気にせずに掴み、もう一回投げれば靄は消えたのだ。
『恋花! 熱いだろう。我が投げる』
「私にもやらせて!」
あの幽霊の仕業かどうかはわからないが、これ以上死人を出したくない。梁も投げれば靄は消えていったため、焼けた麺麭の残りは梁が術で収納し、投げるたびにそれぞれの手に持つことにした。
途中、崔廉に呼ばれた気がしたが、恋花はこの騒動に少しでも役に立ちたくて廊下に出たのだけれど。
あちこちから、叫びと九十九が割れる音が響き渡っていたのだった。
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