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第55話 報いたい
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幾重にも層を作り、出来上がった生地を包丁で切り分けた。少し変わった作り方だが、先見で視た方法には間違いがほぼ無い。
再現するのは、毎回至難の業ではあったが調理に没頭する時間が多かった恋花にはちょうど良かった。九十九が『無し』として育ってきた多くの時間を、気を紛らす理由として麺麭作りだけを生き甲斐にしていたのだ。食べる相手は限られていたとは言え。
それが今では、導きがあったとは言え多くの存在に認められているのだ。梁を得て、共に麺麭を作ることで日常が大きく変わった。祖母以外の人間らに己が手がけた麺麭を認めてもらえたのが……素直に、嬉しいと思ったのだ。
そのうちの一人、紅狼にもまた食べてもらいたい。彼は今、恋花が夢越しに見た現象が嘘か真かを確かめてくれている。こんな小娘の戯言のようなものを彼は信じてくれているのだ。だから、何か助けになることはしたいと思った。
その力が、叶わぬ恋からだとわかっていても。
「梁、餡の準備は?」
『大丈夫だ』
三角でも長細い生地の広い方に、餡を軽く乗せ。くるっと包んだら更にくるくると巻くように包んでいく。二人で分担して形を作ってから、濡れた布を被せて、片付けをしながら釜の準備もしていった。
「花巻みたいな麺麭だねぇ?」
崔廉が不思議そうにしていたので、釜の準備をしながら恋花はその疑問を答えることにした。
「巻く工程は似ているかもしれません。ですが、黄油をたっぷり使ったので、焼いた時の食感などが段違いになるはずです」
花巻は、具材のない饅頭の皮のような主食だ。一般的な麺麭のようなものかもしれない。だが、恋花が手がける麺麭のほとんどが黄油などを使って、ふんわりと香ばしく仕上げるのがほとんどだ。ふわふわではあるが、乾燥しやすくボソボソにもなる饅頭の皮とは異なっている。
「そうさね。あんたの麺麭は全く別もんだ。一度食べたら病みつき間違い無し。陛下方も気に入られているしねぇ?」
「その通りだ!」
ここで、紅狼ではなく皇帝の斗亜が何の前触れもなく、いきなり現れた。青年らしい明るい笑顔に驚いたが、斗亜は恋花の方に来るなり頭を軽く撫でた。
「お……はよう、ございます」
「ああ、おはよう。今日もまたせいが出ているな? なにを作っているのだ?」
「ば、黄油を使った……軽い食感が特徴の麺麭、です」
「ほお! 楽しみだ。今日は、余は緑玲と卓を共にしようと思っていてな」
緑玲の事で忘れかけていたことを思い出した。夢見で、彼女を憎んで後宮を練り歩く……霊と遭遇したことを。それが現実に起きていることを、斗亜は紅狼から伝え聞いたのだろうか。しかし、この場で不確かな事を口に出来ないでいると、斗亜が恋花の耳元まで顔を寄せてきた。
「へ……陛下?」
「紅狼からだいたい聞いている。緑玲を亡き者にしようとしてる愚か者が、闇に堕ちてると。お前の異能も多少は聞いているから、信じているぞ」
と言って、また頭を軽く撫でてから点心局の者らに『仕事に励め』と大声で告げてから去って行った。てっきり、麺麭が仕上がるまで居ると思ったのが、予想はずれだった。
(……信じて、いる)
『無し』の時は、周りのほとんどに蔑まされた生活を送っていた。疎ましいとか、場合によっては死ねとか心無い言葉で。
それが、国を束ねる存在にここまで信頼されるのは予想外過ぎた。斗亜は恋花が『無し』だった事を知っていても、卑下したりしない。紅狼もだが、位の高い人達はなぜここまで優しいのだろうか。
嬉しくて涙が出そうになったが、袖で目を拭い、仕上げの焼きを急ぐことにした。
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