後宮見習いパン職人は、新風を起こす〜九十九(つくも)たちと作る未来のパンを〜

櫛田こころ

文字の大きさ
上 下
20 / 154

第20話 慎重に作る

しおりを挟む




 *・*・*


 



 うまく焼けているかどうか。

 鉄の板を借りた恋花れんかは、りょう麺麭パンの焼きを慎重に進めていく。実家に作った窯がないので、釜戸のひとつも借りることにした。煤や炭とかを掃除して、板の上に種で作った油を薄く塗る。その上に形を整えた生地を置いて、卵をときほぐしたものを薄く塗るのだ。

 これは、包子パオズではなく、麺麭だから。恋花がずっと再現してきた様々なそれらを作っていくのである。しかも、皇妃候補に献上するのであれば、なおのこと気が抜けない。

 蓋はせずに、ゆっくり焼ける様子を見守っていると……甘くて香ばしい薫りが厨房の中に広がっていく。嗅ぎ慣れた、いつもの麺麭の匂いだった。


(……あとで味見するけど、きっと大丈夫)


 慣れない場所での仕事とは言え、皇帝にもあの簡易あんぱんを認めてもらえたのだ。その存在からの、勅命を覆すなど恋花のような小娘には出来ない。と言うか、断れば死罪と言ってもいいだろう。祖母のために、この場所に来たのだから……孫として精一杯のことはしたい。それが、これまで日常的にこなしていたことで役に立てるのであれば、やるだけやってみようと思える。

 火加減。

 焦げ目。

 ふくらみ。

 どれもが、妥協出来ない要素である。梁も見守ってくれているけれど、これは恋花に頼まれた調理だ。恋花が主体となって動いていくしかない。

 そして、望んでいた通りの焦げ目になったら、人間ではないので熱さを気にしない梁に取り出してもらう。


『出来たな』
「ええ……多分」


 調理台の上に載せたそれは、ふっくらと艶やかなものに仕上がっていたのだ。


「なんだい!? これが本当の麺麭って言うものかい!?」
『美しいのぉ?』


 崔廉さいれんえんも、仕上がりを初めて見るからか目を輝かせていた。その表情を見て、恋花は玉蘭ぎょくらんが初めて麺麭を食べてくれる前のものと重なった。あの玉蘭は、梁だったのか本人だったのかはわからないけれど。ちらっと梁を見ると、彼は誇らしげな表情で崔廉らを見ていたが。


「恋花。これはなんて麺麭なんだい?」
「あ、はい。くりぃむと呼ばれてたものです」
「くりぃむ?」
「少し餡とは違うので」


 異能の先見は信じてもらえないだろうから、曖昧に伝えるしか出来ない。しかし、崔廉は気にしていないのか、そうかと頷いただけだった。


「うーん。すぐ食べように熱いだろうねぇ?」
「はい。包子と違って火で焼いたので」
「もう少し冷めてからがいいかい。茶には合うかね?」
「かなり甘いので、渋めがいいかと」
『我が用意しよう』


 などと、段取りが決まっていく。追求されないこの状況に少しほっとするが、恋花の見せた技術などを受け入れてくれたせいかもしれない。

 先見を通して、独学で得た能力。これらは、決して無駄ではなかったのだろう。『無し』の存在だったゆえに、家族にしか認めてもらわなかったのが、紅狼こうろうのお陰で一変した。

 まだ不安は大きく抱えているが、同じくらいに安心も育っていく。心地良過ぎて、抜け出せないくらいに。

 恋花も片付けをしようと梁に声をかけようとしたが、厨房の入り口から鈴の音が聞こえてきて手を止めた。


「失礼。点心局長に伺いたいことが」


 宮仕えの女性だろうか。身綺麗で整った顔立ちの女性が肩に小さな九十九つくもを乗せて立っていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった

竹井ゴールド
キャラ文芸
 オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー  平行世界のオレと入れ替わってしまった。  平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

後宮の最下位妃と冷酷な半龍王

翠晶 瓈李
ファンタジー
毒を飲み、死を選んだはずなのに。なぜか頭にお花が咲きました……。 ♢♢♢ ~天より贈られし『甘露』降る大地 仁政を施す王現れる証 これ瑞兆なり~ ♢♢♢ 甘露とは天から与えられる不老不死の霊薬。中国古来の伝説では天子が仁政を行う前兆として天から降るといわれている。 ♢♢♢ 陥落寸前の瑤華国で死を望み『毒』を飲んだ最下位妃、苺凛(メイリン)。 けれど『毒』は〈死〉ではなく『霊力のある花』をその身に咲かせる〈異能〉を苺凛に与えた。 一方、軍を率いて瑤華国を征圧した釆雅国の第二王子、洙仙(シュセン)。 彼は龍族と人の血が混ざった冷酷な男だった。 「花が咲き続ける限り、おまえは俺から逃れられない」 死を願う苺凛に洙仙は冷たく笑う。 冷酷で意地悪な洙仙が嫌いな苺凛だったが、花に秘められた真実を知ってから気持ちに変化が……。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...