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第20話 慎重に作る
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うまく焼けているかどうか。
鉄の板を借りた恋花は、梁と麺麭の焼きを慎重に進めていく。実家に作った窯がないので、釜戸のひとつも借りることにした。煤や炭とかを掃除して、板の上に種で作った油を薄く塗る。その上に形を整えた生地を置いて、卵をときほぐしたものを薄く塗るのだ。
これは、包子ではなく、麺麭だから。恋花がずっと再現してきた様々なそれらを作っていくのである。しかも、皇妃候補に献上するのであれば、なおのこと気が抜けない。
蓋はせずに、ゆっくり焼ける様子を見守っていると……甘くて香ばしい薫りが厨房の中に広がっていく。嗅ぎ慣れた、いつもの麺麭の匂いだった。
(……あとで味見するけど、きっと大丈夫)
慣れない場所での仕事とは言え、皇帝にもあの簡易あんぱんを認めてもらえたのだ。その存在からの、勅命を覆すなど恋花のような小娘には出来ない。と言うか、断れば死罪と言ってもいいだろう。祖母のために、この場所に来たのだから……孫として精一杯のことはしたい。それが、これまで日常的にこなしていたことで役に立てるのであれば、やるだけやってみようと思える。
火加減。
焦げ目。
ふくらみ。
どれもが、妥協出来ない要素である。梁も見守ってくれているけれど、これは恋花に頼まれた調理だ。恋花が主体となって動いていくしかない。
そして、望んでいた通りの焦げ目になったら、人間ではないので熱さを気にしない梁に取り出してもらう。
『出来たな』
「ええ……多分」
調理台の上に載せたそれは、ふっくらと艶やかなものに仕上がっていたのだ。
「なんだい!? これが本当の麺麭って言うものかい!?」
『美しいのぉ?』
崔廉と燕も、仕上がりを初めて見るからか目を輝かせていた。その表情を見て、恋花は玉蘭が初めて麺麭を食べてくれる前のものと重なった。あの玉蘭は、梁だったのか本人だったのかはわからないけれど。ちらっと梁を見ると、彼は誇らしげな表情で崔廉らを見ていたが。
「恋花。これはなんて麺麭なんだい?」
「あ、はい。くりぃむと呼ばれてたものです」
「くりぃむ?」
「少し餡とは違うので」
異能の先見は信じてもらえないだろうから、曖昧に伝えるしか出来ない。しかし、崔廉は気にしていないのか、そうかと頷いただけだった。
「うーん。すぐ食べように熱いだろうねぇ?」
「はい。包子と違って火で焼いたので」
「もう少し冷めてからがいいかい。茶には合うかね?」
「かなり甘いので、渋めがいいかと」
『我が用意しよう』
などと、段取りが決まっていく。追求されないこの状況に少しほっとするが、恋花の見せた技術などを受け入れてくれたせいかもしれない。
先見を通して、独学で得た能力。これらは、決して無駄ではなかったのだろう。『無し』の存在だったゆえに、家族にしか認めてもらわなかったのが、紅狼のお陰で一変した。
まだ不安は大きく抱えているが、同じくらいに安心も育っていく。心地良過ぎて、抜け出せないくらいに。
恋花も片付けをしようと梁に声をかけようとしたが、厨房の入り口から鈴の音が聞こえてきて手を止めた。
「失礼。点心局長に伺いたいことが」
宮仕えの女性だろうか。身綺麗で整った顔立ちの女性が肩に小さな九十九を乗せて立っていた。
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