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第13話 窯でないあんぱん
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点心局は今まで慣れた自宅の厨房での仕組みとは違い、煮炊き場も竈門も段違いに荘厳できちんと整っているところだ。後宮であるが故に、当然ではあるが初回でいきなり恋花のような市井の者が触れると思わないのに。この場の長である崔廉は、恋花の作ってきたあんぱんの味を認め、すぐに作るように提案してくれたのだ。その期待を台無しにはしたくはない。
そのために、恋花は九十九の梁と共に比較的手軽に作れる方法のあんぱんを作ったのである。仕上がりはまずまずだと思っている。
「……お待たせしました」
焼きたてなので、気をつけるように崔廉に伝えてから試食をお願いした。他の料理人らにも指示を飛ばしていたが、ほとんど恋花につきっきりで見学してくれていた崔廉は……とにかく、好奇の目を恋花に向けてくれた。あの封印されてしまった祖母の状態と同じ世代の女性から、このような扱いを受けるのは初めてだ。
数日前にあんぱんの匂いに釣られてやってきた子どもらの親は、恋花を『無し』の存在として関わるようにするなと、キツく言い聞かせるのがほとんどだったから。
「面白い作り方だねぇ。せっかくだから」
崔廉は軽く手を振れば、そこから淡い赤の光が生じた。光の中から小柄の少女が出てきて、恋花の前に立つと手を軽く振ってくれた。
『我は燕。崔廉の九十九よ』
「よ、よろしくお願いします」
『良い良い。しかし、内で見ていたがなかなかに手際が良いな。ほれぼれしそうになったわい』
『恋花だからな』
梁が誇らしげに胸を張っていたが、恋花はとんでもないと首を横に振った。先見があれど、己など料理人と名乗れるほどでもない。ただただ、試行錯誤していただけでしかないのに。すると、崔廉からぽんぽんと肩を叩かれた。
「そんなことないさ。即戦力に使えるやつだとは思ってるさね。燕、一緒に食おうじゃないさ」
『是。良い香りじゃ』
姿は対照的だが、食べ方はそっくりだった。大口を開けて、かぶりつく勢いで口にしてくれた。少しだけ、ほっほと息を整えようとしていたがよく噛んで飲み込むと、二人とも顔を輝かせた。
「美味い!」
『美味だ。胡麻油の香ばしい感じが、生地と良く合う。餡をこう活用するとは』
「……ありがとうございます」
玉蘭に化けていた梁以外、今は席を外した紅狼を除く、初めての賛辞。しかも作りたてでこのように素直な感想をもらえるとは思わず、恋花はつい涙ぐんでしまう。梁が服の袖で拭いてくれたためはすぐに意識を切り替えることにした。
その表情を見て、崔廉も何かを決めたかのように頷いていたからだ。
「さて、最初はここにいる連中らのまかないにしようと思ったが、気が変わった」
「……と言いますと?」
「李氏がいた時に言ってた御方へ、献上しに行こう。皇妃候補の緑玲妃のところさね」
「こ、皇妃!?」
将来的に、皇帝の正妃となり得る寵愛を受けた女性。
たしかに、紅狼や崔廉の口からその女性の名は先程聞いたが……いきなり、この麺麭を献上したいと言い出されるとは予想外過ぎて。慌てて、恋花は崔廉の前で深く腰を折った。
「うん?」
『どうした?』
「こ、これはきちんとした麺麭ではありません! せめて、先程お出ししたものでなければ!!」
「そうかい? 充分美味いと思うけど」
「……そうかもしれませんが」
最低窯さえあれば、種類も増え、多種多様な麺麭が作れるだろうが。ここはひとつ、簡易であれ窯をつくらせてもらえるか提案しようとしたのだが。
「おい、崔廉。なんだこの良い匂いは?」
紅狼が戻ってきたのだが、もう一人男性も伴っていた。同じ世代で男らしく美しい顔立ち。同じ武官かと思ったが、仕立ての良過ぎる整えられた服装でいた。
つまり。
「あら、主上。おいでなすったのかい?」
予想していた通り、彼は唐亜国の現代皇帝だったのだ。
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