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弐
しおりを挟む「た……鷹明……様」
本当に……一生懸命に走ってこられた。わたくし達の前に来られると、軽く咳き込まれていらっしゃったが……わたくしに、気遣う権利などない。
わたくしは……この方から逃げてきたのだから。
「…………ぁ……はあ、やはり……こちらでしたか」
しかし、鷹明様は……ちっとも怒っていらっしゃらなくて。息が整うと、お顔には微笑みしかありませんでした。
「ったく。来るの遅いぞ? お前さんらがこの里で育ったからって、女より遅くてどーすんだ?」
「…………面目ない」
「逃げ出すくらいにさせんなら、まだまだだな?」
ほら、と月夜様が……わたくしの背を軽く叩かれた。勢いで軽くふらついたところに……鷹明様がわたくしの手を掴んだ。
もう逃がさないと言うように。
「……た、たか!」
「咲夜姫……私では、貴女のお側にいてはいけないのでしょうか?」
笑みは消え、とても真剣なお顔になられた。
わたくしは思わず、息を飲んでしまったが……どう答えを返していいのだろうか。
月夜様がいらっしゃる前で、答えを紡げばいい?
そのような、盟約に近い言葉を簡単に紡いでいい?
幼き頃から……共に手を取り合い、数年前からやっと舞を奉納出来る間柄になったとは言え。
その間柄が心地よいだけではなく?
わたくしの……都合の良い夢ではなく?
誠に……わたくしのことを?
言葉を紡げずにいると……鷹明様は、掴んだままのわたくしの手を少し強く握られた。
「……鷹明……様?」
「幼き頃から……姫を想う気持ちは変わりありません。月夜の前で、誓わせてください。私の妹背は唯一人……貴女だけです」
「そ……それは、なりません!!」
太政大臣の嫡男でいらっしゃる鷹明様が……世継ぎなどを求められることが多くなる。その妻が……仮にわたくしひとりだけでは追いつかないでしょう。側室なども多く迎えなければいけない立場。
お気持ちはともかく、公家としては……そうであってはいけない。
しかし……鷹明様はゆっくりと首を横に振られた。
「良いのです。私は……貴女だけを愛しく想っております」
その真剣な眼差しで見つめられると……こちらまで、胸の奥が熱くなっていく気がした。
受け入れていいのか。
これまでの想いを、溢れさせていいものか。
すると、頭が軽く叩かれた。鷹明様の手ではない。
「『神』の前で誓ったんだ。お前さんも、それなりに答えていいんだぜ?」
月夜様に振り返れば……とても良い笑顔でいらっしゃいました。たしかに……鷹明様はわたくしの前だけでなく、月夜様と言う神の前で誓いの言葉を口にしてしまった。
それは、神が縁切りをしなくては……簡単になかったことに出来ない。なのに、月夜様にはそれをされる気がまったくない。
わたくしは……どうしたいのだろうか。
ここまで、真摯な想いを無駄にしたい?
(……いいえ。それは……出来ない)
わたくしとて、幼き頃から……ずっとずっと……今も強く手を握ってくださる方を想っていたのだから!
「……鷹明様」
「……はい」
ほんの少し、握られる手の力が強くなった。
鷹明様は、まだ不安でいらっしゃるのだろう……わたくしがどのように返答をするのかを。
月夜様からは、わたくしの今を告げられていないから……。
「…………先程は、不躾なことをしてしまいましたが。……お受けします」
「! 姫……!」
「きゃっ!?」
月夜様の前だと言うのに……鷹明様は余程嬉しかったのか、わたくしを抱き込まれた。離れようにも、手だけの時以上に強い力で……少し苦しかったが、わたくしも嬉しかった。
わたくしも……この方の唯一人になれるのなら。
「ほーいほい? いちゃつくのはいいが、『俺』の前だぜ?」
「!!?」
「す、すまない!!」
「まあ。縁結んでも、子が出来るまでは……奉納は頼むぞ、お前さんら?」
「はい!」
「ああ」
せっかくだから……と、格好は格好だったが、誓いの意味も込めて。
わたくしは舞を。
鷹明様は笛の音を……月夜様に捧げることにした。
とこしえに……わたくし達は繋ぐことを心にも誓って。
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