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烏天狗

第4話 マンボウで料理

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『魚類でも、サメの肉よりマンボウの料理が食べやすいんですよ?』

 美兎みうはデート途中……彼氏であるあやかしの火坑かきょうの口から……マンボウが食べられる食材にもなると聞いて、気になってしまった。

 一緒に水族館を回っている、本性は烏天狗の翠雨すいうも……どうやら食べたことがあるらしいし。その彼女である、栗栖くるす紗凪さなは食べたことがないらしいが。

 まだ美兎も食べたことがない、海のパイナップルとも言われている『ホヤ』も珍味だとは聞くが。

 今向かっているレストランには、あるのだろうか。

 あったら頼んでみようと思い、席に着いてから火坑に渡されたメニューを広げたのだが。ごく普通のファミリーレストランにあるようなメニューしかなかった。


「美兎さん、どうされましたか?」


 火坑が心配そうに声をかけて来てくれたので、美兎は正直に話すことにした。


「……響也きょうやさんが言っていた、マンボウがあるかなって思って」
「! ふふ。マンボウは扱いが難しいですからね? 通常の飲食店ではあまり出回っていないんですよ」
「……そうですか」
「じゃあさ? かきょーさんのお店に行けば食べられるの?」
「どうでしょう? 柳橋で卸しているのが有れば、仕入れますが。一度業者さんに聞いてみますね?」
楽庵らくあんでですか!」
「都合がつけば……ですが。仕入れが出来たらご連絡します」


 嬉しい。美兎のわがままでしかないのに、わざわざ仕入れてくれるなんて。

 どんな料理になるか今から楽しみであるが、とりあえず小腹が空いてきたのでメニューを改めて見た。


「……それがし、近いうちに紀伊きいに行く機会があるでござる。ならば、某が持って来ようか?」
「え、すーくん。三重に行くの?」
「少々所用があるだけだが」
「……いいんですか?」
「構わない。が、ひとつ頼みがある」
「なんでしょう?」


 マンボウが食べられるかもしれない。

 その事実に胸が躍ってきたが、翠雨の言う条件とはなんなのか。美兎も気になったので、じっと待つことにした。


「……マンボウを使ったカレーを所望したい」
「カレー、ですか?」
「あっはは! すーくん、カレー大好きだもん!」
「! なるほど。僕の店ではわざわざ仕込みませんしね?」
「マンボウでカレーって出来るんですが?」


 まず、どんな味なのかがわからない者には想像がつかない。火坑からマンボウの話題が出た時に、翠雨の口から鶏肉のような味だと聞かされていても、実際に食べてみないとわからないから。

 なので、美兎が質問すると彼は小さく頷いた。


「左様。あちらの地元では店などでよくあったりもするが、海沿いでしか提供はないでござるな? レトルトでも販売はあるが、某は店で食べる方が好きだ。カツカレーは絶品でござるよ!」
「カツ?」
「ステーキ、串焼き。フライに竜田揚げもあります。地元ですと、腸の刺身もあったりするんです」
「竜田揚げ!? 唐揚げの部類も出来るのでござるか?」
「あのー」


 話が盛り上がってきたところで、お店のウェイトレスから声をかけられたのだ。


「はい?」
「お話中のところ申し訳ございません。ご注文は大丈夫でしょうか?」
「あ!」
「すみません! すぐに選びます!」
「私、海鮮丼のセットで!」
「そ……俺はカツカレー、大盛りで」


 翠雨の貴重な一人称も聞けたが、美兎は和風おろしハンバーグ。火坑は鶏肉のトマト煮を選んだのだった。


「先に頼んでたらよかったよねー?」
「ごめん。……私がマンボウの話題出したから」
「いいっていいって! すーくんの好みがまたひとつ知ることが出来たんだもん! 美兎ちゃんやかきょーさんには感謝だよ!」
「…………その時同行するでござるか?」
「いいの!?」


 やったー、と紗凪は翠雨の懐に飛びついて行った。彼女の勢いも凄かったが、慣れている翠雨もしっかり受け止めていたので凄いと思った。

 美兎は、まだ火坑に対して気軽に好き好きとアピール出来ない。初心と言う年頃ではないのだが、気軽に触れ合うような大胆さを持ち合わせていないのだ。

 だから、ひょっとしたら、その臆病さで過去の彼氏にも暴力を振るわれたかもしれない。

 火坑は絶対違うと信じていても、その不安は簡単に拭えなかった。去年、一度切りだが……拓哉たくやとすれ違っただけで、あのようにトラウマが出てしまうのだから。


「お待たせ致しました。お先にカツカレー大盛りと和風おろしハンバーグです」
「……ああ」
「あ、ありがとうございます」


 先に美兎と翠雨の注文が届いてきたので、火坑と紗凪には食べなよと言われたから食べることにした。味はやはり火坑とは比べ物にならないが、ファミレスレベルならまずまずだろう。

 だがしかし。

 翠雨のカレーに対する情熱が凄いのか、彼は物凄い勢いで食べ進めていた。


「……お待たせ致しました。海鮮丼のセットと鶏肉のトマト煮です」
「はいはーい! 私が海鮮丼」
「ありがとうございます」


 紗凪は慣れているのが全く動じていなかった。火坑もそうなのか、いつもどおりでいたのだ。

 美兎も、ちょっとのことで動じないようにしようとは思うが。無理かな、と諦めるのだった。
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