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百目鬼

第4話 心の欠片『自然薯の天ぷら』

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 芋で天ぷら。

 てっきり、さつまいものように皮付きで揚げるかと思いきや……火坑かきょうは自然薯の皮をピーラーで薄く剥き、おろし金で丁寧に擦っていったのだ。


「え?? わざわざすりおろしちゃうんですか??」


 どろどろしていたら食べにくいのでは、と思うが……火坑はにっこりと微笑んだ。


「単純に切り分けるだけでもいいのですが、自然薯はすると粘り気が通常の山芋よりも強いので……結構揚げ物には向いているんですよ? 今日はいい海苔も仕入れられたので、磯辺揚げも作りますね??」


 せっせと作ってくれるが、美兎みうには味の想像がしにくかった。山芋なども、山かけうどんやとろろそばで食べる程度。

 正直、あまり味のする食材ではない気がするので、本当に美味しいか想像しいくいのだ。だんだんと出来上がっていく様子に、美兎よりも百目鬼の珠洲すずの方がわくわくしていた。それだけ、好物なのがよくわかった。

 じゅわっと音が立つと、こちらからは見えにくいが火坑が上機嫌で芋を揚げていた。


「……ねぇ、珠洲ちゃん」
「なぁに??」


 わくわくの表情のまま、こちらに振り返ってきた彼女の顔はさらに輝いているように見える。それほどまでに、火坑が仕上げている天ぷらは美味しそうなのか。


「自然薯の天ぷらってそんなにも美味しいの??」
「美味しいよ! 大将さんが作っているのだと……多分、食感はちょっとネトっとしてて、あとほくほくかなあ?? 磯辺揚げだと美兎ちゃんはちくわのは食べたことあるかな?」
「あ……給食とか、のり弁で」
「味付けはあんな感じだと思うよ?? けど……美兎ちゃんの心の欠片で、磯辺揚げとかかあ……。絶対美味しいよね??」
「そう……かなあ??」
「そうだよ、美兎ちゃんー!! 私もあんなすっごく輝いている心の欠片、滅多に見ないもん!!」


 のっぺらぼうの芙美ふみにまで絶賛されるくらいの心の欠片。年始に換金所で披露されたのだが、美兎にとってはいまいち実感が湧かない。どれほど、美兎の欠片に価値があるのか。火坑の役に立てているのなら嬉しいが、ほとんどタダのようなものでここではご飯を食べさせてもらっているのだ。

 まだ、常連となってもそこはいいのかとも思ってしまう。


「大変お待たせしました。自然薯のプレーンの天ぷらと、磯辺揚げです」


 それから少しして、火坑が天ぷらを出してくれた。

 天ぷら……と言うが、事前に聞いていなければ天ぷらは天ぷらでも練り物の揚げたもののようにも見えた。

 少し無骨な見た目ではあるけれど……せっかく、火坑が作ってくれたのだから口にしてみようと箸を持つ。天つゆではなく、どちらも抹茶塩で食べてみてほしいと言われたので。軽くつけてから、口に入れてみる。


「ほふ!?」


 出来立て揚げたてなので、当然熱い。

 しかしながら、嫌な熱さではない。もちっとしたような、トロッとしたような……さらにほくほくしたような。

 いくつもの食感に加えて、芋独特の風味が広がっていく。味はいくらか麺つゆの風味もしたが、塩で食べたら正解と言わんばかりの美味しさだ。

 これは、珠洲が好物だと言うのもよくわかった。


「大将さん! これには熱燗を!!」


 昼間の熱中症からすっかり回復したらしい珠洲は、また輝かんばかりの笑顔で火坑に注文をしたのだが。


「いけません。僕達あやかしでも熱中症を甘くみてはいけませんよ?? 今日は、お酒はNGです」
「……ダメですかあ?」
「気分だけでしたら、ノンアルコールのサワーとかなら」
「そうします……」


 初回の客にも、きちんと気遣い出来る猫人に美兎はさすがだと感動したのだった。
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