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百目鬼

第1話 再び名古屋の夏

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 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。









 夏も盛りを迎えてきた。

 名古屋の夏は、京都や山梨の甲府こうふに匹敵するかそれ以上の暑さを感じるのだ。

 特にビル街であるさかえ、名古屋駅周辺、丸の内に久屋ひさや大通などは。

 地上にいると焼けてしまいそうになる。だが、地下道が都心部に比べると限られているので、気休めでも日除けでどうにかするしかない。

 社会人二年目の湖沼こぬま美兎みうも、丸の内で勤めている会社を出た瞬間。溶けてしまいそうだった。


「あ~つ~い~~……!!」


 茹だるような暑さ。

 盆地と言う地形も関係しているらしいが、ビル街なので障害物が多いせいで反射熱も強い。

 加えて、今日は快晴過ぎて雲など一切ない。暑くて暑くて、日傘だけじゃ軽く水浴びした程度の効果しかなかった。


「……けど。頑張んなくちゃ!」


 広告会社のクリエイティブチームに所属して二年目の夏。

 暑いは暑いが、上司に頼まれたデータをデザイン会社に送らなくてはいけない重要使命があるのだ。最近は圧縮ファイルにしてメール添付でも送りやすくはなったが。重要ファイルとか、会社同士の距離が近所なら下っ端が運ぶことになっている。

 なので、今日は美兎の番だった。

 道順は、地図と事前に携帯のナビで調べているから大丈夫。初めて行くので、念入りに準備しておいたのだ。


「えーっと……ここを右。二ブロック進んだら右」


 広小路で道が整備されている中区なので、下手をすると同じところを行ったり来たりしてしまうのだ。事前に調べても間違えたりしたが、戻って戻って、進んで進んで。

 目的地の会社に到着したら、データを入れたUSBを相手方に渡して。

 これだけだったが、終わったらちょうど昼休憩の時刻なので、上司から許可はもらっているからひとりでランチに行くことにした。

 それと、今晩は少しぶりに楽庵に行こうと決めた。最近冬に向けての広告にかかりっぱなしだったのでなかなか行けず、火坑かきょうとも通話やLIME程度。休日も返上で仕事づめだったので、同じく。

 だから、久しぶりにデートも行きたい。自分から誘ってみようと決めたのだが。


「あ、美兎ちゃぁん!」


 久屋大通に向かう途中に出会ったのは、のっぺらぼうの芙美ふみだった。

 恋人の美作みまさかの姿はなく、ひとりかと思ったが。


「ど……どうしたんですか?」


 芙美の側に居たのは。

 熱中症になったのかと思うくらい、ビルの壁に手をついていた背が高い女性がいたのだった。
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