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ジョン 弐

第1話 忘れていた欠片

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 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。









 それは、随分と忘れていたものだった。


「……あ」


 初夏に差しかかった頃。デザイナー見習いである湖沼こぬま美兎みうは、休日に珍しく自宅の掃除をしていた。

 ある意味、同居人であるもうひとりは彼氏である美兎の兄とデート中だ。もともと、美兎自身は今日のんびりする予定だったので、なんら問題はない。

 ただ、美兎の恋人に会いに行っていいかどうか……と今更ながら悩んでいるうちに、自宅の掃除をしばらくしていなかったと部屋を見て思い直した。

 だから、会いに行くにも身の回りの事をきちんと……と、人間ではないがカッコよくて綺麗な猫人の恋人に会いに行くのは良くない。

 彼の部屋に行くことはたびたびあるが、逆はまだなかったので、いつ招いてもいいように整えることにした。

 座敷童子の真穂まほは無造作に散らかすようなあやかしではないが、ほかのあやかしに比べると人間らしい性格なので生活の跡はどうしたってある。

 ちょいちょい片付け、ゴミを分別している途中で……それを見つけたのだ。

 アクセサリーケースに仕舞いっぱなしだった、虹色に輝くビー玉よりも大きなそれを。


「……忘れてた」


 去年……だいたい一年前に、あの界隈に通うようになって少し経った頃。

 雨女と言う目の色などを除けば、ほとんど人間と同じだったあやかしの女性に、息子を保護してくれた御礼にといただいた玉。

 あの時は、まだ恋人になっていなかった火坑かきょうへの想いを抱いたばかり。想いを通わせたい男性に使うと良いと、雨女の灯里あかりには言われたが……結局使わずに、このケースに入れっぱなしになっていた。

 サンタクロースの三田みたにもらったプレゼントのアクセサリーの方は、今日も身につけているのに。


「これ……どうしよう」


 願いを叶える貴重なものだと言うのはわかっている。だが、一番大変だった火坑と交際する願いは叶ったのだ。これ以上……特に何も望まない。仕事などは自力でやらなくてはいけないから意味がないのだ。


「……火坑さんに、聞いてみようかな」


 この玉を持っているのは彼も知っている。なら、また忘れないうちに使い道を決めるのもいいかもしれない。

 もしくは、心の欠片のように代金のかわりになるのなら使って欲しい。

 そうと決めたら、美兎は終わりかけだった掃除を手早く済ませて、身支度を整えてから栄に行くことにした。
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