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菅公
第2話 猫人と神ら
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しかしながら、彼は仕事があるのではと思っていると。
元狗神である蘭霊はにっと口端を緩めた。
「今日は休暇だ。弟弟子のところで、仕事っぷりを見てやろうと思ってな?」
「ふふ。目的は同じか」
微妙に内容は違えど、行き先は同じ。
なら、共に行こうと『道真』と呼ばれた神は蘭霊と肩を並べて店に向かうことにした。左右のあやかしらの対応については、特に触れずにそのままにしておく。
少しして、目的の場所に到着する頃に……店の入り口では、白い猫人が頭も垂れずに、良い姿勢で立ったいたのだ。
「…………お待ちしておりました」
道真らが近くに来てから、ゆっくりと腰を折った。優雅さはないが、きちんとした物腰。道真は満足していると、懐から扇を取り出してゆっくりと開いた。
「出迎え、ありがとう。……久しいね、火坑?」
「はい。五十年ぶりでしょうか?」
「俺もいるぜ?」
「ふふ、わかっていますよ。先輩」
さあ、どうぞ。
火坑は中に入るように促したので、せっかくだからと道真が先に入った。
まだ初夏が遠いのでいくらか外は冷えていたが、中は温かだった。神となって、人間だった頃のように温度などは感じないが……未だ人間臭さが抜けないのか。ついついその温かさを嬉しく思ってしまう。
カウンターの席に腰掛けると、いつもの装いだと蘭霊にとっても邪魔だと思い、扇をひと振りすれば……装いが平安などの装束ではなく、現世で言うところのスーツに。髪も短髪に整えた。
それだけ見ると、道真も神ではなく現世の人間のように見えるだろう。火坑らは特に気にしないでいたが。
「俺はたまたまだったが、道真は予約してたのか??」
既に、火坑に酒を頼んだのか。蘭霊は熱燗の猪口を傾けていた。
「……ああ。この子に恋仲が出来たとの噂を聞いてね? 今日しか時間が取れなかったが」
とりあえず、酒を飲みたくなったので……ここでしか味わえない火坑手製の梅酒を一杯。
湯割りで頼むと、五十年昔の頃よりも芳醇な香りが道真の鼻をくすぐった。受け取ってひと口含めば、それも通りの味がした。長い間熟成した味が口の中で広がったのだ。
「美兎さんの事ですね? 最近は、お仕事が忙しいようであまり来られませんが」
「の、割には嬉しそうじゃねぇか?」
「ここにいらした頃のように、無茶な働き方をされていませんからね? SNSでのやり取りは頻繁にしてますから」
「……幸せな顔しやがって」
本当に、火坑は穏やかで幸せそうな表情をしていた。
かつて、関わっていた頃とは……うんと違った穏やかな表情。地獄の補佐官、今はあやかし。道真とはそれ以前だったが……道真が左遷されて死を迎えて怨霊となった頃とも違う。
この猫人は、今の生活を大いに堪能している。
それがひどく嬉しく思えた。
「さ。今日道真様はお久しぶりですし、旬の食材は色々取り揃えています。どのような料理にしましょうか?」
「まずは……ここの名物になっているスッポンをお願いするよ?」
「かしこまりました」
捌くのも随分と様になっていた火坑の手つきを見ながら……道真は、次に頼む食材を考えつつ、火坑との過去を振り返った。
元狗神である蘭霊はにっと口端を緩めた。
「今日は休暇だ。弟弟子のところで、仕事っぷりを見てやろうと思ってな?」
「ふふ。目的は同じか」
微妙に内容は違えど、行き先は同じ。
なら、共に行こうと『道真』と呼ばれた神は蘭霊と肩を並べて店に向かうことにした。左右のあやかしらの対応については、特に触れずにそのままにしておく。
少しして、目的の場所に到着する頃に……店の入り口では、白い猫人が頭も垂れずに、良い姿勢で立ったいたのだ。
「…………お待ちしておりました」
道真らが近くに来てから、ゆっくりと腰を折った。優雅さはないが、きちんとした物腰。道真は満足していると、懐から扇を取り出してゆっくりと開いた。
「出迎え、ありがとう。……久しいね、火坑?」
「はい。五十年ぶりでしょうか?」
「俺もいるぜ?」
「ふふ、わかっていますよ。先輩」
さあ、どうぞ。
火坑は中に入るように促したので、せっかくだからと道真が先に入った。
まだ初夏が遠いのでいくらか外は冷えていたが、中は温かだった。神となって、人間だった頃のように温度などは感じないが……未だ人間臭さが抜けないのか。ついついその温かさを嬉しく思ってしまう。
カウンターの席に腰掛けると、いつもの装いだと蘭霊にとっても邪魔だと思い、扇をひと振りすれば……装いが平安などの装束ではなく、現世で言うところのスーツに。髪も短髪に整えた。
それだけ見ると、道真も神ではなく現世の人間のように見えるだろう。火坑らは特に気にしないでいたが。
「俺はたまたまだったが、道真は予約してたのか??」
既に、火坑に酒を頼んだのか。蘭霊は熱燗の猪口を傾けていた。
「……ああ。この子に恋仲が出来たとの噂を聞いてね? 今日しか時間が取れなかったが」
とりあえず、酒を飲みたくなったので……ここでしか味わえない火坑手製の梅酒を一杯。
湯割りで頼むと、五十年昔の頃よりも芳醇な香りが道真の鼻をくすぐった。受け取ってひと口含めば、それも通りの味がした。長い間熟成した味が口の中で広がったのだ。
「美兎さんの事ですね? 最近は、お仕事が忙しいようであまり来られませんが」
「の、割には嬉しそうじゃねぇか?」
「ここにいらした頃のように、無茶な働き方をされていませんからね? SNSでのやり取りは頻繁にしてますから」
「……幸せな顔しやがって」
本当に、火坑は穏やかで幸せそうな表情をしていた。
かつて、関わっていた頃とは……うんと違った穏やかな表情。地獄の補佐官、今はあやかし。道真とはそれ以前だったが……道真が左遷されて死を迎えて怨霊となった頃とも違う。
この猫人は、今の生活を大いに堪能している。
それがひどく嬉しく思えた。
「さ。今日道真様はお久しぶりですし、旬の食材は色々取り揃えています。どのような料理にしましょうか?」
「まずは……ここの名物になっているスッポンをお願いするよ?」
「かしこまりました」
捌くのも随分と様になっていた火坑の手つきを見ながら……道真は、次に頼む食材を考えつつ、火坑との過去を振り返った。
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