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閻魔大王 弐

第5話 心の欠片『スパムとアスパラガスの卵炒め』

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 閻魔大王えんまだいおうに負けないくらいに、綺麗な黒髪。

 黒地の着物に内側は赤く。

 透けるように美しい肌が、宵の中でも輝いているようにも見えたが……その表情は無に近い。近いように見えて、怒りがあふれているようにも見えた。

 こちらも一年以上会っていなかった、火坑かきょうの元上司のひとり。閻魔大王の補佐官がひとり、名は亜条あじょうだったはず。

 彼は、扉を開けたまま……中と言うか、閻魔大王に怒りの矛先を向けていたのだ。


「あ……亜条??」


 こちらも、流石に酔いが覚めてきたのか。部下の怒りが恐ろしくて、閻魔大王と言えどカタカタと震え出して行く。

 美兎みうも、つられて震えてしまうが……火坑の方から、頭を軽く撫でられた。大丈夫と言うように。


「先輩? その怒りをお収めください。ここは、いわば食事処ですよ?」
「…………」


 火坑が亜条に声をかければ、彼は少しだけ目をふせてから……細く長い息を吐いた。そして、閻魔大王の方に近づくといきなり胸ぐらを掴んだのだ。


「あ、亜条?」
「帰還したら、執務の山を片付けていただきますよ??」
「う……」
「お返事は?」
「…………はい」


 閻魔大王が補佐官に手玉に取られていいものかとも思うが……それはそれでいいのか、と思っておくしかない。

 火坑はともかく、美兎はほとんど部外者だから口出しする意味もないのだ。


「ふふ。先輩も飲みますか??」
「多少……芋のロックで」
「お待ちください」


 閻魔大王の隣に腰掛けた亜条の表情が、どことなく疲れているように見えた。想像だけだが、閻魔大王を探すのに手間取っていたのかもしれない。

 考えたら、頻繁でないにしてもあの世の偉い存在が不在になったら一大事では済まないだろう。以前の時は、亜条もはじめからいたので違っていたかもしれないが。

 とりあえず、下手に口出ししないようにしよう。閻魔大王の方はまだ震えが止まっていないから。


「……大王。そのように怯えないでください」


 飲み物が出て、軽くひと口飲んだ後に……ようやく亜条が口を開いた。

 その言葉に、閻魔大王はさらに震えだした。


「い、いいい、いや、儂が悪い! 言伝なども何も残さず降りてきたゆえ」
「その自覚がお有りでしたら、私もですが獄卒らにもひと言残してください! 探すこちら側も大変だったんですから……」
「……済まん」


 解決したのかな、と美兎も梅酒を少し飲んでいたら……火坑が亜条の前に何かを置いた。


「美兎さんからいただいた、心の欠片を少々。スパムとアスパラの卵炒めです」
「……これは」


 見た目は単純なスパムとアスパラを使った炒め物だが。

 亜条には、まるで宝石を見つけた時のような驚きが表情に出ていた。

 その炒め物は、美兎もだが閻魔大王の前にも置かれ……ひと口食べたら、パスタとは違う優しい味付けに梅酒が進んだのだった。
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