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閻魔大王 弐

第1話 名古屋のお菓子①

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 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。









 春うらら。

 新入社員も会社での研修が始まったばかりで、名古屋の桜もだいぶ散ってきた。

(株)西創さいそうのクリエイティブチーム二年目の湖沼こぬま美兎みうは。

 つい先日の、界隈での花見会を思い出しながら……ほとんど散ってしまった桜の側を通って出勤していく。葉桜はまだだが、ビル風の強い中区などでは儚い桜の花びらは簡単に散ってしまう。

 牡丹のような桜に似た花はしぶといが、ソメイヨシノとかは本当に儚い。そんな季節の移り変わりの始めを楽しみたいが、仕事内容は既に秋の内容だ。先の先を広告で伝える職業のため、美兎も暦通りに仕事を進めていくわけにもいかない。

 感じ取れるのは、恋人であり妖怪の類でもある猫人の店に行く時だ。彼らが住む界隈と呼ばれる場所では、まだまだ桜が咲いている。料理などでも、旬の食材を扱うので季節を感じ取れるのだ。

 特別忙しくなければ、頻繁に行くようにしているので……今日は行こうと決めていた。守護に憑いてくれている座敷童子の真穂まほは小説家の締め切りが近いらしく、今日は行けないらしい。


(……今日は何が食べられるかなあ?)


 火坑かきょうの料理はなんだって美味しい。お菓子は赤鬼の隆輝りゅうきが洋菓子は絶品だが、火坑の和菓子も美味しい。一度お盆シーズンを過ぎてから食べさせてもらったが、おはぎが美味しかった。秋だから食べられるとは思わなかったが、秋だから『おはぎ』だと言うらしい。


(おはぎ……なんか食べたくなってきた)


 朝っぱらからいけないわけではないが、思い出すと食べたくなってきた。

 ここいらにスーパーなどはほとんどないので、コンビニに寄ろうと足を向けてはみたが……花見団子の売れ残りはあってもおはぎはなかった。春の呼び方で『牡丹餅』のポップがあっても売り切れだったのだ。


「……なかったぁ」


 これから、仕事の時間になるとパソコンと向き合って戦わねばならない。火坑の美味しい料理ももちろんあるが、通常のデスクワーク以上に脳を働かせる仕事をするので糖分が欲しくなる。チョコやクッキーはもちろんあるが、気分が和菓子を求めていた。

 なので、もうここはガッツリとポテチとかでも買おうとお菓子コーナーを行こうとした時。


「あ、美兎っち!」


 同期で、同じようにあやかしが恋人である田城たしろ真衣まいがいたのだ。


「おはよう。お菓子の調達??」
「そうそう。ちょっと食べたくなってさー?」
「チョコ?」
「ううん。これ」


 と言って、カゴから出したのは……個包装されているクッキーでもないお菓子。

 しるこサンド。

 それを見て、美兎も迷わず空にしていたカゴに入れたのだった。
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