名古屋錦町のあやかし料亭〜元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

櫛田こころ

文字の大きさ
上 下
133 / 204
吸血鬼 弐

第1話 オタクにチョコレート

しおりを挟む

 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。








 ジェイクはその日、とても困った事態になっていた。

 バイトや私生活に問題はない。夏以降、熱中症から助けてもらった人間の女性にはある意味振られたが、それ以降、飲み仲間として時々相席になるくらいにまで親しくはなっている。

 しかし、今は……バイト先で仕事が終わった直後。ここ数ヶ月で入ってきた新人の女性に、あるものを渡されたのだ。


「そ、その! 返事いただけると嬉しいです!! よろしくお願いします!!」


 と言って、差し出されたのはお菓子。

 そして、渡された日はちょうどバレンタイン。

 人間ではないジェイクでも、オタク故に人間達のイベントには精通している。つまりは、告白されたのだと理解は出来た。


「ぼ、僕にですか??」
「もちろんです!! あ、あの返事すぐじゃなくていいので!!」


 と、ジェイクにおそらくチョコレートの箱を押しつけてから、恥ずかしかったのか踵を返して休憩室前の扉から仕事場に行ってしまう。

 ジェイクとちょうど休憩が被ったので、ジェイクに渡すために待つように言われたのだ。


(……ど、どうしよう??)


 夏に、人間の女性に一目惚れして玉砕して以来……客などに言い寄られることはあったが、日頃職場で関わる人間からはなかった。女性の職員がいないわけではないが大抵既婚者のパートばかり。

 学生もいなくはないが、チョコレートをくれた彼女のようにフリーは少ない。最近のオタク女子は意外と男性に受け入れやすいからか、交際していることが多い。

 ジェイクは吸血鬼なので、人間ではない美貌持ちだが……それを目当てに交際を迫るあやかしが多かった。だが、オタク故に現実の女性に興味がこれまでなかった。

 飲み仲間の人間の女性……湖沼こぬま美兎みうに出会までは。三次元の女性の美しさなどは、人間だとどうしたって、あやかしには劣ってしまう。だが、美兎と出会った当時は違った。

 彼女は少し特殊な人間ではあるが、人間の女性でも可愛らしさがあるのだと理解出来て。以降は、職場であるマニメイトでもパートの女性などの細かい変化を良いものだと伝えるようになったのだ。それがきっかけで、女性ともよく話すようになったが……チョコレートを渡してきた新人の子もそのひとり。

 いつからかはわからないが、ジェイクを必要以上に気にかけていたようだ。


「あ、包装紙可愛い」


 二次元をこよなく愛するジェイクにも、受け入れやすい包装紙だ。どこかで見た事があるが思い出せない。しかし、くるくると箱を見ると……シールの文字が目に飛び込んできた。


「……rougeの?」


 ここは、大須おおす

  rougeがあるのは、少し距離が離れた栄。ジェイクのためにわざわざ買って来てくれたのだと思うと、少し胸が温かくなってきた。

 それに、あそこのパティシエはジェイクと顔見知りでかつあやかしなのである。


「……隆輝りゅうき君に相談に乗ってもらおう」


 お菓子はいいが、返事をどうすればいいか。

 同じ職場で、彼女は新人ながらも戦力の一員だ。下手な断りなどで、辞めてしまうのはジェイクも良くないと思っている。

 それを決めてから、ジェイクはロッカーにお菓子を仕舞い、赤鬼の隆輝に久しぶりにLIMEのメッセージを送った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~ その後

菱沼あゆ
キャラ文芸
咲子と行正、その後のお話です(⌒▽⌒)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...