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吸血鬼 弐
第1話 オタクにチョコレート
しおりを挟む名古屋中区にある栄駅から程近いところにある錦町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三とも呼ばれている夜の町。
東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。
そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。
あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。
小料理屋『楽庵』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。
ジェイクはその日、とても困った事態になっていた。
バイトや私生活に問題はない。夏以降、熱中症から助けてもらった人間の女性にはある意味振られたが、それ以降、飲み仲間として時々相席になるくらいにまで親しくはなっている。
しかし、今は……バイト先で仕事が終わった直後。ここ数ヶ月で入ってきた新人の女性に、あるものを渡されたのだ。
「そ、その! 返事いただけると嬉しいです!! よろしくお願いします!!」
と言って、差し出されたのはお菓子。
そして、渡された日はちょうどバレンタイン。
人間ではないジェイクでも、オタク故に人間達のイベントには精通している。つまりは、告白されたのだと理解は出来た。
「ぼ、僕にですか??」
「もちろんです!! あ、あの返事すぐじゃなくていいので!!」
と、ジェイクにおそらくチョコレートの箱を押しつけてから、恥ずかしかったのか踵を返して休憩室前の扉から仕事場に行ってしまう。
ジェイクとちょうど休憩が被ったので、ジェイクに渡すために待つように言われたのだ。
(……ど、どうしよう??)
夏に、人間の女性に一目惚れして玉砕して以来……客などに言い寄られることはあったが、日頃職場で関わる人間からはなかった。女性の職員がいないわけではないが大抵既婚者のパートばかり。
学生もいなくはないが、チョコレートをくれた彼女のようにフリーは少ない。最近のオタク女子は意外と男性に受け入れやすいからか、交際していることが多い。
ジェイクは吸血鬼なので、人間ではない美貌持ちだが……それを目当てに交際を迫るあやかしが多かった。だが、オタク故に現実の女性に興味がこれまでなかった。
飲み仲間の人間の女性……湖沼美兎に出会までは。三次元の女性の美しさなどは、人間だとどうしたって、あやかしには劣ってしまう。だが、美兎と出会った当時は違った。
彼女は少し特殊な人間ではあるが、人間の女性でも可愛らしさがあるのだと理解出来て。以降は、職場であるマニメイトでもパートの女性などの細かい変化を良いものだと伝えるようになったのだ。それがきっかけで、女性ともよく話すようになったが……チョコレートを渡してきた新人の子もそのひとり。
いつからかはわからないが、ジェイクを必要以上に気にかけていたようだ。
「あ、包装紙可愛い」
二次元をこよなく愛するジェイクにも、受け入れやすい包装紙だ。どこかで見た事があるが思い出せない。しかし、くるくると箱を見ると……シールの文字が目に飛び込んできた。
「……rougeの?」
ここは、大須。
rougeがあるのは、少し距離が離れた栄。ジェイクのためにわざわざ買って来てくれたのだと思うと、少し胸が温かくなってきた。
それに、あそこのパティシエはジェイクと顔見知りでかつあやかしなのである。
「……隆輝君に相談に乗ってもらおう」
お菓子はいいが、返事をどうすればいいか。
同じ職場で、彼女は新人ながらも戦力の一員だ。下手な断りなどで、辞めてしまうのはジェイクも良くないと思っている。
それを決めてから、ジェイクはロッカーにお菓子を仕舞い、赤鬼の隆輝に久しぶりにLIMEのメッセージを送った。
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