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火車 弐

第2話 再会

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 思わず立ち止まってしまったが、何故か彼の方が動き……真衣まいの手首を掴んで、さかえの広場の一つに連れて行かれたのだ。


「ここ……なら」


 そして、走ったわけではないのに息切れてしまっている。何かしたのだろうか、と真衣は首を傾げたのだった。


「あの……?」
「あ、すみません! 俺、勝手に掴んじゃって!!」
「あ、いえ。それはいいんですけど……大丈夫、ですか?」
「え?」
「息切れて……たので」


 この前もだが、真衣は彼の体調の方が気になった。あの時程ではないが、彼の顔で見える部分が真っ青。息切れも酷い。

 だから、当然心配になったが……彼はゆっくりと首を左右に振った。


「……特訓してたんです」
「特訓?」
「その……俺、人混みが結構苦手で。けど、克服するのに……わざと、来てたんです」
「おお! 凄いです!」
「凄い……ですか?」
「はい。私は料理が全然ダメだったんで、買いに来たりしてるから」


 今度の合同飲み会で渡せたらいいな、とは思っていたが。まさか、そこまで不器用だとは思わず、失敗作だらけになった。それはいくらなんでも言えないので、苦笑いしておくことにした。


「……買い物、ですか?」


 いくらか呼吸が整ってきたところで、彼が質問してきた。


「はい。美味しいお菓子屋さんとかいっぱいあるじゃないですか? 先輩の彼氏さんがパティシエさんなんですよ。そこに行こうかな、と」
「急ぎ……ですか?」
「?? いえ。この人混みじゃ、今行っても人でいっぱいでしょうし」
「そ、その。この前のお礼になるかわからないですけど。……昼、奢ります」
「え、いいんですか?」
「も、もちろん」


 まさか、人混みが苦手でもお誘いをしてもらえるとは思わず。

 真衣は子供のようにはしゃぐところだった。二十三歳でも、大人は大人と言い聞かせて、真衣は首を大きく縦に振った。


「行きたいです! あ、改めて、田城真衣です!」
「ふ……不動ふどうゆうです」


 じゃあ、行こうか。と、二人はゆっくりと人混みの波に向かうのだった。

 店に向かいながら、せめて不動の人酔いしやすいところを紛らわせるためにと、真衣はチャンスも兼ねて彼に色々話しかけることにした。


「へー? 不動さんって、一宮いちのみやなんですね? 私は植田うえだなんです!」
「じゃあ……この辺には来やすいですね?」
「乗り換え一回と二回か悩むんですよね~?」


 なんてことのない会話でしかないが、好きな相手と話が出来るのがこんなにも嬉しいだなんて思わなかった。過去にも彼氏がいたりはしたが、ここまで心地よい会話を出来ていただろうか。

 真衣の外見狙いだとか、変な相手もいたりしたが……不動はどちらかと言えば大人しめなのに嫌な気持ちにならない。拙いながらも、きちんと会話をしてくれるのだ。


「あ……ここ、です」


 会話が弾んで、目的地を過ぎるところだった。黒い漆塗りの木材が特徴の、威圧感漂う佇まい。思わず真衣は、『おお』と声を上げてしまいそうになった。


「和食……ですか?」
「ここの天丼は絶品なんです」
「おお、天丼! 最近食べてなかったから!」
「見た目より、結構安いんです。行きましょう」
「はーい」


 外食はするが、口にした通り天丼は久しく食べていない。カロリーを気にしていた節もあるが、社会人になってランチと言えばイタリアンだったりカジュアルなフレンチに行くのが普通だとも思っていた。

 しかし、不動のオススメとなれば、行かないわけにはいかない。


「えと……ここ。天丼が多いんですけど。他の和食もありますから」
「うーん。せっかく不動さんの奢りなら、おすすめの天丼がいいです!」
「き、嫌いな食べ物……とかは?」
「これと言って全然。美兎みうっち……あ、湖沼こぬまちゃんはキノコとこんにゃくがアウトですけど」
「……わかりました。すみませーん」


 ついつい、同期の事をあだ名で呼んでしまったが……不動はそう言うのに抵抗がないのか気にしていなかった。もし、付き合うとしたら……などと出過ぎたことを考えてしまうが、まだ二度目とは言え彼を下の名前で呼びたいと思ってしまう。

 馴染みの店なので、物怖じしていた雰囲気はどこかに行ったのか、スマートに二人分の注文を店員に伝えていたのを見ると、素直にカッコいいとも思った。


「来週会えるって、湖沼ちゃんには聞いたのに。今日会えて嬉しいです」


 だからか、スルッと本音が出てしまうが……不動は大きく肩を揺らしたのだった。


「俺と……ですか?」
「はい。あの時は具合悪くて、ほとんどお話出来なかったし。湖沼ちゃんの知り合いさんの知り合いさんって聞いた時は、驚いたけど嬉しかったんです。ちゃんと、不動さんと話したいな……って」


 不躾だとは思っている。

 浅ましい欲望が滲み出ていることも。

 けれど、こんなチャンスはないかもしれないと思うと、想いが心からの溢れ出てしまう。だから、正直に言うと不動は何故か片手で口元を覆っていた。


「……俺も」
「え?」
「…………俺も。助けてもらったことへのお礼だけじゃなくて。田城さんと話したいって思ってました」


 言い切った時に、前髪から覗く綺麗なブルーアイは……先日の時よりもはっきり見えて、自惚れてしまうんじゃないかと思うくらい、綺麗に輝いていた。
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