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火車

第1話 目まぐるしく

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 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。








 色々あり過ぎたが、両親に無事に火坑かきょう真穂まほを紹介することが出来。兄の海峰斗みほとと共にそれぞれの交際を認めてもらえた。ただし、両親には彼らがあやかしと呼ばれる妖怪の類だとはまだ言えない。

 それに、美兎みう達も実はあやかしの子孫であることも。

 交際を認められたことよりも、それにまだ少しばかりパニックになっていた美兎は、平日にいつも通りに会社に出勤したのだが。

 もやもやが続いて、少し寒くても昼休みに屋上の休憩室でホットチョコレートを飲もうと紙カップを持って階段を上がった。


「おや、湖沼こぬまさん」


 休憩室にいたのが。小柄の老人でも、実はサンタクロースである三田みただったのだ。雪かき以来だが、実はサンタクロースだとぬらりひょんの間半まなかに教わって以来会うのが初めてだったので……少し緊張してしまう。

 しかし、三田は知ってか知らずかいつものように柔和な笑みを浮かべていた。


「こ、こんにちは。三田さん」
「少しぶりですね? いやはや、僕もですがあなた達もお忙しかったですし」
「えっと……その。実は、真鍋まなべさんからお聞きしたんですが」
「ふふ。僕についてですか? とりあえず、座りませんか?」


 しばらく日本にいるとは言っていたが、サンタクロースがそれでいいのかと思うけれど。でも、美兎の何倍以上も生きているのだから、自分のペースがあるのかもしれない。

 人の事情にどうこう言うのは嫌いなので、美兎はそれ以上言わなかった。で、三田の隣の席に腰掛けた。

 ホットチョコレートをひと口飲めば、空調が効いた室内でも手足がじんじんと温かさが染み渡っていく。


「はあ。美味しい」
「ふふ。……僕は、日本の方が過ごしやすいんですよ」


 そう言う横顔はとても穏やかなものだった。


「サンタ……さんなのにですか?」
「サンタだからです。もちろん、あちらでの仕事もちゃんとこなしていますよ? けど、色々落ち着いて過ごすのは今がいいんです」


 三田は静かに笑いながら自分の紙コップの中身を煽った。


「長く生きるからですか?」
「長く生きるからこそですよ? 湖沼さんも……いずれその時を迎えれば、この老ぼれの言うこともわかるかもしれません」
「知ってたんですか? 私と火坑さんのこと」
「界隈各地に情報は飛び交っています。僕が渡したプレゼントはその餞別ですよ?」
「……実は付けています」


 火坑も実は、あのペアリングのネックレスを仕事中にもつけているらしい。なので、美兎もつけるようになったのだ。


「ふふふ。それに……あの真穂ちゃんもですか? 湖沼さんのご家族は、やはりあやかしに好かれやすいんですね?」
「でしょうか? 自分もですけど、兄までとなると。両親にいずれ言うにしても、ちょっと複雑です」
「まあ。……今の時代親と縁を切るのは難しいですからね? 僕の知人も今そんな感じですよ」
「? お知り合い、ですか?」
「はい。湖沼さんは『火車かしゃ』と言うあやかしはご存知でしょうか?」
「……お恥ずかしながら、全然」


 まだまだ勉強不足で、水藻みずものような河童や盧翔ろしょうのろくろ首など。メジャーな妖怪とかしか知らないでいる。

 三田はそんな美兎にも軽蔑せずに、ゆっくりと答えてくれた。


「年老いた猫または猫又が、葬式や墓場から人肉を食べる。と言われているあやかしなんですよ。今の時代、火葬はほとんどなので、大抵あの世にいるんですが」
「猫?」


 猫又は年始に会ったが。まさか……と美兎が思ったことが顔に出ていたのか、三田はまた静かに微笑んだ。


「ああ。火坑さんは……補佐官になる前は地獄で似た仕事をしていたようです。ですが、火車君とは別の生き物ですよ」
「……そうですか」


 遠回しに言っているようにも聞こえたので、美兎はほっと出来た。


「でまあ、彼もどうやら人間に惚れてしまったらしいんです。しかも、この会社の人間だそうなので」
「え!? この会社?」
「はい。たしか、田城たしろさんと言う女性で」


 湖沼さんの同期さんですよね、と聞かれたので。

 世間は狭過ぎだろうと、思わずホットチョコレートの紙コップを握りしめてしまいそうになった。
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