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猫人 弐
第1話 下準備
しおりを挟む名古屋中区にある栄駅から程近いところにある錦町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三とも呼ばれている夜の町。
東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。
そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。
あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。
小料理屋『楽庵』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。
あまり雪が多く降らない名古屋だが。
昨年の暮れ近くに、記録的な豪雪となった以降はいつも通りの冬を迎えて。キリキリと冷え込む寒さが新年も続いていた。
それは、あやかし達が集う界隈もどこも同じで。栄の錦の一角にある『楽庵』と言う店を構える猫人のところも、厨房はクーラー。客席にはエアコンをかけていた。厨房を冷やすのは、調理器具などが壊れないためだ。オーブンもどきもだが、厨房は火を使うのでかなり熱がこもる。
加えて、楽庵はただでさえ狭い店だ。ひとりで切り盛り出来るレイアウトなため、厨房もふたり入るとぎゅーぎゅー詰めだ。師であり養父でもあるジョンの霊夢のところのように、広々とした店を構えたい希望もあったが。暖簾分けしたとは言え、ひとりで経営した方が気が楽だと思ったために、今に至る。
霊夢の評判はあちこちの界隈に広がっていたので、自然と弟子である火坑のところにも客が来るようになった。ガッカリされることも少なくなかったが、時間が経つにつれて少しずつ固定客が来るようになり……人間まで足を運んでくれた。
そして、約百年が過ぎた今。
火坑は満ち満ちていた。生涯、誰かと決めていなかった……恋人を得たのだ。まだ本人には伝えていないが、覚の一族の血と霊力を受け継いだ人間の女性。
その家族に、明日、火坑は挨拶しに行くのだ。
「美兎さんにご両親の好き嫌いは聞いたが……さて」
三ヶ日を過ぎてからの、人間の……しかも、恋人の両親に会いに行くのだ。あやかしなどはすぐに打ち明けられないが……美兎が母親に話した後に、会いたいと言い出したそうだ。父親の方がどんな反応をしたかはわからないらしい。
だが、美兎の以前の彼氏に対しては、怒りが憤怒の如く凄かったようだ。同じではないにしろ、正体不明な火坑が会いに行っていいものか。
しかしながら、美兎以外をこの先選ぶつもりもないので、殴られるだけは覚悟しておこう。
ご機嫌取りではないが、まずは冷凍していたいくらの具合を見るのに、厨房の冷蔵庫を探すことにした。
「……うん。いい塩梅だ」
昨年の筋子の旬ギリギリに仕込んだいくらの醤油漬けは、ピカピカで口に入れるとプチプチと弾けて……いくら好きには堪らない味付けを維持出来ていた。
「……美兎さんもいくら、好きだって言っていたような」
このいくらで贅沢にいくら丼を作ってあげたかったが、明日はともかく、彼女の父親と対面してお付き合いを継続出来るか。あやかしであれ、火坑も心配だ。その後に、彼女とまた会えるかもわからない。
ただの猫畜生だった頃とは違い、人間のような感性を持ってから……誰かと交際するだなんて思わなかったから。しかし、火坑とて美兎を諦めたくはない。
いくらのタッパーを手に取り、気合を入れて下準備をすることにした。
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