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第6話 心の欠片『蕎麦のお焼き風』

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 それから、頼んでいた焼いた蕎麦と言うのはすぐに出てきた。香ばしい麺つゆのような焦げた匂いが堪らなく、鼻をくすぐった。


「お待たせ致しました。お蕎麦のお焼き風です」
「……これは、これは」


 モダン焼きとも違い、もっと薄い焼いたものであったが……粉物と呼ばれる割にはあまり、小麦粉が見えない。ほとんど卵で焼いたようにも見える。

 表面は麺つゆをかけて焼いたように見えていた。そこに卵を落として蒸し焼きにした感じである。薬味の鰹節やネギに刻み海苔が美しい。

 とにかく、美味であることに違いないと、空木うつぎはもう一度手を合わせた。


(……やはり、箸でも伝わる……パリパリとした感触)


 お焼きと言っていたが、どちらかと言えば人間界でも界隈でも……夏の名古屋での祭りに並ぶ屋台にあるような……卵煎餅などに近いかもしれない。

 髪を加えないように、少し大振りに箸で切り分けてから口に運ぶ。卵を割った時には、半熟だったためにとろんと黄身があふれ出て皿を侵食していく。だが、蕎麦には適度に絡んで空木の期待を高めていった。

 口にして入れれば、予想していた麺つゆの塩気が卵の黄身で味わいをまろやかにさせてくれた。噛めば噛むほど、香ばしい匂いに加えてパリパリとした蕎麦には不似合いの食感が逆に心地良い。

 薬味のネギに刻み海苔も加われば、濃いだけの麺つゆの味を和らげてくれる。だが、ここにもう一味欲しいところだと思っていると。

 猫人の大将は、空木の前に小さな筒を二つ置いてくれた。


「お好みで、七味や山椒をお使いください」
「! これは嬉しい」


 多少の刺激が欲しかった空木はさっそく、と七味に手を伸ばした。ほんの数振りかけて口にすれば……欲しかったピリリとした味わいが空木を満足させてくれた。


「卵でもいいんですが、天かすでも美味しいんですよ?」
「おかわりもいただけるんですか??」
御大おんたいの心の欠片も少量で大丈夫ですので」
「では、是非」


 堪能出来るだけ堪能し尽くし、改めて……子孫である湖沼こぬま美兎みうの事をよろしく頼むと琵琶を背負ってから、火坑かきょうに深々とお辞儀した。


「はい。お任せください」
「よろしくお願いします」


 と、そこいらのあやかしの女達を陥落しそうな微笑みで、そう言い切ってくれた。であれば、あの子は大丈夫だと安心出来るものだ。


「そう言えば、この後彼女がいらっしゃるんですよ。お会いになられますか?」
「……いえ。老ぼれが逢瀬の邪魔など出来ないですよ。またの機会に」
「そうですか?」


 それに、そろそろ帰宅せねば美樹みきにも色々言われるかもしれない。特にやましいことはしていないが、幾月経とうが彼女は少しばかり寂しがり屋だ。華族の妾子だった故に、子や孫が出来てもひとり立ちしていくといつだって淋しく思うらしい。

 心の欠片を出したので、代金は支払わずに店を出ることにした。

 深夜なので、人間界の地下鉄も終電を過ぎたはず。なのに、美兎が楽庵らくあんに来ると言うことは泊まりか。着実に、想いを交わせている良い証だ。

 琵琶を落とさぬように歩き出すと、前から女ものの甲高い靴音が響いてきた。


「あ、どうも。こんばんは」


 装いは、スーツにジャンパー。

 華美ではないが、華やかな顔立ち。

 その顔に覚えがあるので、空木は一瞬驚いたがすぐに顔を綻ばせた。


「ええ、こんばんは」


 空木も挨拶を返せば、女性はもう一度軽く会釈をしてから楽庵の引き戸を開けて中に入っていく。彼女が、おそらく美兎のはずだ。


「…………そっくりですね?」


 その言葉を口にした後、やはり徒歩で帰るよりも妖術を使おうと決めて……空木は術を展開した後に、住処である春日井かすがいの界隈。そこのマンションの一角にある部屋の鍵を開けた。


「……お帰りなさい。空木さん」
「……ただいま、美樹」


 鍵を開ければ、すぐに美樹が出迎えてくれた。彼女の面立ちは、子孫である美兎とやはり瓜二つではあったが……年季はこちらの方が上なせいか、美兎の方が幼く見えたのだった。
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