名古屋錦町のあやかし料亭〜元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

櫛田こころ

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ケサランパサラン

第6話 ケサランパサランへ

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 好きな相手の事が少しでも知れる。話してくれるかもしれないと思うと、美兎みうは少しわくわくしてしてきた。

 好きな人の過去を、多少なりとも知れるのは嬉しい。不安に思っていても、やはり好きな相手の事は知りたいと思ってしまうのだ。

 ドキドキしながら、他の皆と一緒に少し苦笑いしている火坑かきょうが口を開くのを待っていると。


「……え?」


 美兎の髪に、落ち葉か何かが落ちてきたかと思って触ってみるたのだが……ふわふわと綿毛のようなものがくっついていた。

 ゆっくりと手にとって顔の前に持って行くと、丸くて指の先より少し大きい程度の……春に多いたんぽぽの綿毛の集合体のような物体があった。

 他の皆も美兎の手の中にあるものを見て、『わあ』と声を上げた。


「それ!?」
「なぁに? 綿毛?」
「ただの綿毛じゃないよ、ケイちゃん!」
「それは…………美兎さん、軽く指でつついてみてくれませんか?」
「はい」


 皆の驚き様にもだが、火坑に言われたので美兎は空いている手の方の指でちょんちょんとつついてみる。すると、クルクルとひとりでに動き出してくすぐったい感触を得たが……やがて、ゴマ粒程の黒いつぶらな瞳が美兎の前に出てきたのだ。


『キュー?』


 そして、目が合うと鳴き出した。小動物タイプのとても愛らしい鳴き声で。思わず、美兎は心臓をきゅんとさせてしまう。


「え、なんですかこれ!?」
「ケサランパサラン、ですよ。人間界でも多少は知られていると思いますが」
「え……これが?」


 絵本か何かで知った程度の知識でしかないが。座敷童子の真穂まほとは違う意味で幸運の象徴とも言われている存在。

 思い出してみれば、綿毛みたいな見た目であったような気がしたので、改めて見てみると。ケサランパサランらしい綿毛は目をクリクリさせながら美兎の手のひらの上で転がっている。触り心地がまるで、羽毛のようでとても触り心地がいい。

 すりすりと手のひらに擦り付けてくる感触も。可愛くて可愛くて、皆の前でなければ頬擦りしてまいそうだったがなんとか我慢した。


「ちょっと、皆見て!?」


 沓木くつきが驚いたような声を上げたので、美兎もだが皆も上を見てみると……季節外れなのに、雪が降っていた。

 名古屋は降らなくはないが、降るとしたら真冬の十二月くらいに少し降る程度。こんな大雪に近い初雪だなんてお目にかかった事がない。

 しかし、よく観察してみると雪ではなかった。

 美兎がまだ手にしたままの、ケサランパサランと同じ綿毛がゆっくりゆっくりと降りてきていたのだ。


「マジ?」
「……すごーい……」
「人間界で……何この異常現象!?」


 真穂や隆輝りゅうきですら、この現象は見た事がないらしい。火坑を見ると……人間の姿の美しさも相まって、ケサランパサランが幻想的な雪風景が彼の美しさを引き立てているのだ。

 この公園に来た時の、紅葉に彩られた時に消えそうなあの瞬間に近いように。思わず手を伸ばしてしまうと……美兎の手の中にいたケサランパサランがぱちんと音を立てて弾けてしまった。


「え……え?」


 何が起きたのかわからず、ケサランパサランが消えてしまった手のひらの中を見ていると横から誰かの手がぽんぽんと、美兎の手のひらを撫でてくれた。


「大丈夫ですよ? 美兎さんの願いを受け入れたので消えただけです」


 手の正体は火坑だった。びっくりして肩が跳ね上がってしまったが、火坑はくすくすと笑ってくれただけだ。


「願い……ですか?」
「とても些細なものだそうですが……気に入られた者の願いを、叶えると消滅してしまうんです。あやかしですが、循環して存在するモノなので命を粗末にしているわけではありません」
「……そうなんですか?」


 美兎の、些細な願い。

 それは、火坑に消えて欲しくない、手の届かないところに行って欲しくないと咄嗟に思っただけなのに。それが叶ったのか、火坑は美兎に手を差し伸べてくれた。

 その現実が、美兎は実感すると急に嬉しさが込みあがり、嬉しくて少し俯いてしまう。


「…………僕も、願いたいです」


 小さな火坑の呟きがよく聞き取れず、美兎はゆっくりと顔を上げたが。火坑は美兎にまだ重ねたままの手を離して、自分の口元で内緒だと指を立てたのだ。
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