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閻魔大王
第2話 とっておきの『鹿肉料理』①
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たった二十年ぶりとは言え、久しい事に変わりない。
あの世で第三だったが、第一の亜条とは違って猫畜生の補佐官であった火坑。猫の寿命を考慮して、閻魔大王が泣く泣く現世への転生を命じたのも、もう二百年も前か。
そのたった二百年の月日が立ち、世話になったあやかしのお陰で店を持つようになった。こちらはあの世の仕事など早々に休めるわけがないため、こうして数十年越しの訪れとなってしまうが。
「火坑よ、今日は何を馳走してくれるのだ?」
今となってはその訪れを楽しみにしている閻魔大王は、手を濡布巾で清めてから猫人となった元補佐官に聞いている。初めての亡者とも言われているのに、こう言うところは年関係なく、まるで子供のようだ。道端で、あやかし達がひれ伏すような威厳のある態度が今では欠片もない。
とは言え、亜条も元後輩の作る料理を楽しみにしていた。
火坑は閻魔大王の質問に、用意していたらしい『魔王』のロックを二人分出してから、にっこりと笑ってくれる。
「たまたま、鹿肉のいいのが手に入りまして……カレーもありますが、チーズを入れたハンバーグを仕込んでみました」
「おお!?」
「嬉しいですね。カレーにハンバーグとは」
小料理屋らしい料理内容ではないが、スッポンをメインとする以外は基本的になんでも有りの店なのだ。師匠であったあやかしの教えを守っているせいか、訪れるたびにこちらが望む品を用意してくれている。カレーは事前に亜条がリクエストしたのだが、ハンバーグは火坑の提案なのだろう。
それに、その子供が喜ぶようなメニューでも、あの世で贅を尽くしてばかりの料理よりもほっと出来るのだ。亜条とて嬉しくないわけがない。
「では、先付けにこちらを」
と言って、火坑が出してくれたのは黒い器に盛ったピンクの粒が目立つジャガイモの和物……と言うより。
「おお! 儂の好みのタラモサラダ……いや、少し辛いな? 明太子か?」
「以前、明太子が……とおっしゃっていましたもので」
「よく覚えていたな?」
「ふふ」
たしかに。閻魔大王が以前の来訪時の際に『明太子が有れば……』と口にしていたがそれも二十年も前の呟き程度だ。本当に、よく覚えていたものだ。相変わらず、気配りが上手い。
亜条もそれを口にすると、鼻を抜ける明太子独特の磯の香りに加え、辛味に食感が少々固茹でのジャガイモとよく合う。
欲を言えば、もっと食べたいところだったがすぐに次の料理が出てきた。ハンバーグは焼くのに時間がかかっているからか、スッポンのスープだった。
「うむうむ! 相変わらず……この肉はここでしか食えん。地獄の料理人達にも学ばせたいが、やはりお前のが一番じゃ」
「お粗末様です」
「ハンバーグは時間がかかるのか?」
「ええ。中にチーズを入れて焼くので十五分以上は」
「うむ! その間にこれを肴に飲む魔王は美味い!」
鶏肉のようで違う、スッポンの肉とスープ。
女性なら喜ぶコラーゲンたっぷりの皮と甲羅の部分にまでしっかりと味が染み込んでいる。
しゃぶるようにして、閻魔大王と食べては呑んでいると……お待ちかねの料理が出来上がったようだ。
香ばしい、肉の強い香りに加え、スパイシーな香辛料の香りも。
「大変お待たせ致しました。鹿肉のカレーライスとチーズインハンバーグです」
暴力的な香りに違わず、暴力的な見た目。カレーは大盛りに盛り付けられているのに対して、ハンバーグは平たくなくて丸い。しかも、ソースがとチーズが溢れそうになっているのかアルミホイルに軽く包まれている。
ソースはデミグラスソースではなく、何かをすりおろしたものを使っていて琥珀色に輝いていた。
「……美味そうじゃ」
「本当に」
では、と閻魔大王と共に改めて手を合わせたのだ。
あの世で第三だったが、第一の亜条とは違って猫畜生の補佐官であった火坑。猫の寿命を考慮して、閻魔大王が泣く泣く現世への転生を命じたのも、もう二百年も前か。
そのたった二百年の月日が立ち、世話になったあやかしのお陰で店を持つようになった。こちらはあの世の仕事など早々に休めるわけがないため、こうして数十年越しの訪れとなってしまうが。
「火坑よ、今日は何を馳走してくれるのだ?」
今となってはその訪れを楽しみにしている閻魔大王は、手を濡布巾で清めてから猫人となった元補佐官に聞いている。初めての亡者とも言われているのに、こう言うところは年関係なく、まるで子供のようだ。道端で、あやかし達がひれ伏すような威厳のある態度が今では欠片もない。
とは言え、亜条も元後輩の作る料理を楽しみにしていた。
火坑は閻魔大王の質問に、用意していたらしい『魔王』のロックを二人分出してから、にっこりと笑ってくれる。
「たまたま、鹿肉のいいのが手に入りまして……カレーもありますが、チーズを入れたハンバーグを仕込んでみました」
「おお!?」
「嬉しいですね。カレーにハンバーグとは」
小料理屋らしい料理内容ではないが、スッポンをメインとする以外は基本的になんでも有りの店なのだ。師匠であったあやかしの教えを守っているせいか、訪れるたびにこちらが望む品を用意してくれている。カレーは事前に亜条がリクエストしたのだが、ハンバーグは火坑の提案なのだろう。
それに、その子供が喜ぶようなメニューでも、あの世で贅を尽くしてばかりの料理よりもほっと出来るのだ。亜条とて嬉しくないわけがない。
「では、先付けにこちらを」
と言って、火坑が出してくれたのは黒い器に盛ったピンクの粒が目立つジャガイモの和物……と言うより。
「おお! 儂の好みのタラモサラダ……いや、少し辛いな? 明太子か?」
「以前、明太子が……とおっしゃっていましたもので」
「よく覚えていたな?」
「ふふ」
たしかに。閻魔大王が以前の来訪時の際に『明太子が有れば……』と口にしていたがそれも二十年も前の呟き程度だ。本当に、よく覚えていたものだ。相変わらず、気配りが上手い。
亜条もそれを口にすると、鼻を抜ける明太子独特の磯の香りに加え、辛味に食感が少々固茹でのジャガイモとよく合う。
欲を言えば、もっと食べたいところだったがすぐに次の料理が出てきた。ハンバーグは焼くのに時間がかかっているからか、スッポンのスープだった。
「うむうむ! 相変わらず……この肉はここでしか食えん。地獄の料理人達にも学ばせたいが、やはりお前のが一番じゃ」
「お粗末様です」
「ハンバーグは時間がかかるのか?」
「ええ。中にチーズを入れて焼くので十五分以上は」
「うむ! その間にこれを肴に飲む魔王は美味い!」
鶏肉のようで違う、スッポンの肉とスープ。
女性なら喜ぶコラーゲンたっぷりの皮と甲羅の部分にまでしっかりと味が染み込んでいる。
しゃぶるようにして、閻魔大王と食べては呑んでいると……お待ちかねの料理が出来上がったようだ。
香ばしい、肉の強い香りに加え、スパイシーな香辛料の香りも。
「大変お待たせ致しました。鹿肉のカレーライスとチーズインハンバーグです」
暴力的な香りに違わず、暴力的な見た目。カレーは大盛りに盛り付けられているのに対して、ハンバーグは平たくなくて丸い。しかも、ソースがとチーズが溢れそうになっているのかアルミホイルに軽く包まれている。
ソースはデミグラスソースではなく、何かをすりおろしたものを使っていて琥珀色に輝いていた。
「……美味そうじゃ」
「本当に」
では、と閻魔大王と共に改めて手を合わせたのだ。
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