名古屋錦町のあやかし料亭〜元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

櫛田こころ

文字の大きさ
上 下
32 / 204
閻魔大王

第2話 とっておきの『鹿肉料理』①

しおりを挟む
 たった二十年ぶりとは言え、久しい事に変わりない。

 あの世で第三だったが、第一の亜条あじょうとは違って猫畜生の補佐官であった火坑かきょう。猫の寿命を考慮して、閻魔大王えんまだいおうが泣く泣く現世への転生を命じたのも、もう二百年も前か。

 そのたった二百年の月日が立ち、世話になったあやかしのお陰で店を持つようになった。こちらはあの世の仕事など早々に休めるわけがないため、こうして数十年越しの訪れとなってしまうが。


「火坑よ、今日は何を馳走してくれるのだ?」


 今となってはその訪れを楽しみにしている閻魔大王は、手を濡布巾で清めてから猫人となった元補佐官に聞いている。初めての亡者とも言われているのに、こう言うところは年関係なく、まるで子供のようだ。道端で、あやかし達がひれ伏すような威厳のある態度が今では欠片もない。

 とは言え、亜条も元後輩の作る料理を楽しみにしていた。

 火坑は閻魔大王の質問に、用意していたらしい『魔王』のロックを二人分出してから、にっこりと笑ってくれる。


「たまたま、鹿肉のいいのが手に入りまして……カレーもありますが、チーズを入れたハンバーグを仕込んでみました」
「おお!?」
「嬉しいですね。カレーにハンバーグとは」


 小料理屋らしい料理内容ではないが、スッポンをメインとする以外は基本的になんでも有りの店なのだ。師匠であったあやかしの教えを守っているせいか、訪れるたびにこちらが望む品を用意してくれている。カレーは事前に亜条がリクエストしたのだが、ハンバーグは火坑の提案なのだろう。

 それに、その子供が喜ぶようなメニューでも、あの世で贅を尽くしてばかりの料理よりもほっと出来るのだ。亜条とて嬉しくないわけがない。


「では、先付けにこちらを」


 と言って、火坑が出してくれたのは黒い器に盛ったピンクの粒が目立つジャガイモの和物……と言うより。


「おお! 儂の好みのタラモサラダ……いや、少し辛いな? 明太子か?」
「以前、明太子が……とおっしゃっていましたもので」
「よく覚えていたな?」
「ふふ」


 たしかに。閻魔大王が以前の来訪時の際に『明太子が有れば……』と口にしていたがそれも二十年も前の呟き程度だ。本当に、よく覚えていたものだ。相変わらず、気配りが上手い。

 亜条もそれを口にすると、鼻を抜ける明太子独特の磯の香りに加え、辛味に食感が少々固茹でのジャガイモとよく合う。

 欲を言えば、もっと食べたいところだったがすぐに次の料理が出てきた。ハンバーグは焼くのに時間がかかっているからか、スッポンのスープだった。


「うむうむ! 相変わらず……この肉はここでしか食えん。地獄の料理人達にも学ばせたいが、やはりお前のが一番じゃ」
「お粗末様です」
「ハンバーグは時間がかかるのか?」
「ええ。中にチーズを入れて焼くので十五分以上は」
「うむ! その間にこれを肴に飲む魔王は美味い!」


 鶏肉のようで違う、スッポンの肉とスープ。

 女性なら喜ぶコラーゲンたっぷりの皮と甲羅の部分にまでしっかりと味が染み込んでいる。

 しゃぶるようにして、閻魔大王と食べては呑んでいると……お待ちかねの料理が出来上がったようだ。

 香ばしい、肉の強い香りに加え、スパイシーな香辛料の香りも。


「大変お待たせ致しました。鹿肉のカレーライスとチーズインハンバーグです」


 暴力的な香りに違わず、暴力的な見た目。カレーは大盛りに盛り付けられているのに対して、ハンバーグは平たくなくて丸い。しかも、ソースがとチーズが溢れそうになっているのかアルミホイルに軽く包まれている。

 ソースはデミグラスソースではなく、何かをすりおろしたものを使っていて琥珀色に輝いていた。


「……美味そうじゃ」
「本当に」


 では、と閻魔大王と共に改めて手を合わせたのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~ その後

菱沼あゆ
キャラ文芸
咲子と行正、その後のお話です(⌒▽⌒)

【完結】追放住職の山暮らし~あやかしに愛され過ぎる生臭坊主は隠居して山でスローライフを送る

張形珍宝
キャラ文芸
あやかしに愛され、あやかしが寄って来る体質の住職、後藤永海は六十五歳を定年として息子に寺を任せ山へ隠居しようと考えていたが、定年を前にして寺を追い出されてしまう。追い出された理由はまあ、自業自得としか言いようがないのだが。永海には幼い頃からあやかしを遠ざけ、彼を守ってきた化け狐の相棒がいて、、、 これは人生の最後はあやかしと共に過ごしたいと願った生臭坊主が、不思議なあやかし達に囲まれて幸せに暮らす日々を描いたほのぼのスローライフな物語である。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...