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雨女

第6話 虹の欠片

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 久方ぶりに、楽庵らくあんで料理を堪能した。

 店主である火坑かきょうから連絡を受けた時、息子がひとりでにしきの界隈に迷い込んでしまった聞いたら目を回しそうになった。

 正常な判断が出来ない状態だったために、夢喰いの宝来ほうらいに店まで案内してもらったが。

 事実、息子の灯矢とうやが何かを食べていたようだ。金銭は基本的に持ち合わせていないはずなのに、まだ人間だった頃の名残があるせいか心の欠片でも渡したのか。

 とにかく、無事で良かった。

 だが、同席していたのが稀代の座敷童子である真穂まほと、その守護を受けている人間だとは思わなかったが。

 真穂もだが、湖沼こぬまと言う人間もとても感じが良くて灯矢にどうこう扱おうとしたわけではない。むしろ、灯矢が湖沼とぶつかってからここに連れて来たそうだ。人間が界隈を利用しないわけではないが、真穂が守護に憑くほどの人間。さぞや、霊力が美味なのだろう。

 そして、その心の欠片を分けてもらう形で火坑の料理を口にしたが……美味過ぎて、昇天しそうになった。これ程の美味を、雨女の灯里あかりはお目にかかったことがない。

 ひと口ひと口、大事に食べることにした。

 だからこそ、湖沼を信頼してもいいと判断が出来たので、謝礼代わりに灯里は取っておいた宝玉を彼女に差し出した。


「湖沼さん、こちらを」
「……これは?」
「虹はご存知ですよね?」
「ええ」
「その奥底には虹の欠片と言うものが詰まっています。叶えたい願い、どうしても必要と思った時にお使いください。一度きりですが、あなたの願いを叶えてくれるでしょう」


 下手に人間には渡せない、雨女だから得られる秘宝ではあるが……この人間になら問題はない。真穂がいるから、悪いようには使わないはずだ。それと、とほんの少し火坑の方に視線を向けた。

 聡いのだが、己の事には鈍感なこの店主は彼女からの好意には気がついていないだろうから。

 だから、その手助けになればいい。

 人間とあやかしが婚姻を交わすことは、然程珍しくはない。灯里が灯矢を血の巡りで親子となった方が実は稀である。人間を不老長寿にする方法は、あやかしと本当の意味で交わる事。それがなければ、人間は人間をやめる事はない。


「願い……ですか?」
「ふふ。些細よりも特別な方がいいですわ。素敵な殿方と結ばれるとか」


 などと、少し湖沼と火坑の様子を見たが……湖沼は可愛らしく照れてから慌てて、火坑は一瞬猫目を丸くしてから仕込みの続きをしていた。

 火坑も気にかけているだろうに、なかなか踏み込めないのか。元地獄の補佐官殿は、いささか顕著な面がおありのようだ。あやかしになったのだから、もっと貪欲でもいいくらいなのに。


「そ、そそそ、そんな大それた事に使っちゃっていいんですか!?」
「ふふ。勇気が足りない時などにも。流石に、その大きさでは相手を振り向かせるのには足りないので」
「そ……ですか?」
「悪いわね、雨女?」
「いえ」


 さて、兄もいい加減起きて心配しているだろう。だが、のんびり屋なので灯矢が界隈に出たまでは知らないだろうが。

 灯矢には一度皆に挨拶をさせてから外に出れば……自分が通り過ぎる時が雨が降っていたが、今は晴天に等しいくらいに晴れていた。晴れ男である灯矢がいるお陰だろう。

 それと、満天の星空を横切るように輝いているのは。


「お母さん、虹!」
「ええ、そうね?」


 月の光で浮かび上がる月虹。

 稀な時にしか見えない、稀なる虹だ。灯里は手が届かないそれに手を向け、少しずつ手の中に光を溜め込んでいく。湖沼に渡したのとは違う、雨女が創れる虹の欠片。

 また何かの時にとっておこうと懐に入れて、灯矢の手を握った。人間なら青年ではあるが、あやかしに転身した灯矢はまだまだ幼い。

 灯里が屠った、残虐卑劣な人間の両親から受けた心の傷は深く、常識もまだまだ欠如している部分が多い。だからか、灯里が受け止めた時に灯里を母だと慕ってくれたのだ。


「お母さん」


 歩き始めてから少しして、灯矢は声を掛けて来た。


「なあに?」
「僕、お母さんがご飯作るの手伝っていい?」
「え?」
「あの猫のお兄さんみたいに、作れる人になりたい!」
「……まあ」


 我が儘は我が儘でも、嬉しい我が儘。

 灯里は小さな夢を息子が抱き始めたのを嬉しく感じ、すぐに頷いてやった。
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