名古屋錦町のあやかし料亭〜元あの世の獄卒猫の○○ごはん~

櫛田こころ

文字の大きさ
上 下
7 / 204
かまいたち

第1話 美作辰也

しおりを挟む

 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。

 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。

 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。

 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。

 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。







 しがないサラリーマン、美作みまさか辰也たつやは名古屋の夏を舐めていた。

 ビル街であるこの中区三丁目付近は、地下鉄の駅がある場所もだが……開けた久屋ひさや大通おおどおりの公園通りに行ったのも失敗だった。


「……直射日光舐めてた」


 あと、取引先から帰社する時間も最悪だった。もうすぐ正午、一番日差しが強い時間になるのだと頭ではわかっていたが。久しぶりだし大丈夫だろうと意味のわからない適当さ加減で、今猛烈に後悔しているところだ。

 そして、辰也はこの猛暑なのにワイシャツの袖は長袖。とある理由があってその服装でいるし、腕をまくるだなんて論外。

 だから、せめて首元だけ緩めてタオルで滝のような汗を拭いてはいるが、だんだんと頭痛がしてきたのだ。


「や……べ」


 加えて、血の気が抜けていくような感覚。これは、経験したことがなかったが貧血症状だろう。それとこの猛暑なのに、何故か寒気までしてきた。まさか……と辰也は公園通りの噴水にでも腰掛けようとした。

 しかし、少し遠かったその場所に行く前に足がもつれてしまい、その場で転けてしまいそうになる。

 地面にぶつかる、と覚悟したが。


「間一髪!」


 覚悟した瞬間に、誰かの腕が抱きとめてくれたようだ。思ったよりも腕を回された腹部に衝撃はなかったが、辰也の方はそれどころではなかった。流れる汗が少しずつ冷たく感じて、手足が震え出してきたのだ。これは……間違いなく熱中症だろう。

 先日、社の先輩がそれで搬送されて、無事に復帰してから症状を話してもらったからだ。


「!?……大丈夫、じゃないですね? すみませんが背負います。力、抜いててください」


 相手も辰也の容態が最悪だと目で見てわかってくれたようで、すぐに辰也の体を背負ってくれた。いくら成人男性でも、少々ガタイのいい辰也の体は重いのにひょいっと言う感じに体勢を変えてくれた。

 目は開けられないくらい体がだるいせいで助けてくれた男性が、どんな人かはわからないが温かくて広い背中に安心が出来て、堪らず寄り掛かってしまう。

 どこかクリニックか診療所がこの辺りにあったか覚えていないが、一瞬だけふわっと浮いた時があった以外は快適だった。

 やがて、どこかに寝かされて腕にちくりと針が刺さったところまでは覚えている。

 意識がはっきりしてきた時には、診療所どころか何処かの座敷に寝かされていたが。


「……あ、れ?」


 意識ははっきりしている。だるさなども軽減されているし、頭痛や寒気も感じない。胃などは昼も食べていないので空いているが、鼻を動かすと嗅いだことのない良い出汁の匂いをとらえた。

 いったい、ここはどこだろうと体を起こすと。寝かされていた小さな座敷席の端に見える入り口の方から、カチャカチャと食器がぶつかり合う音が聞こえてきた。


「……?」


 少し這うような姿勢で入り口まで移動すると、覗いた先に見えたのは若い男性がカウンターの向こうで仕事をしている風景だった。

 年頃は辰也より少し上くらいか。

 格好は紺色の板前のような制服。手元はこちらの位置からは見えないが音の擦れ合う感じから、食器を洗っているのかもしれない。


「……居酒屋?」


 それにしてはかなり狭い。他に店員もいないのでひとりで切り盛りしているのだろう。なら、中区だと飲み屋も割烹も多いから納得がいく。それにしては、店主の年代は若い。錦三周辺で二十代で店を出せるなんて、余程の実力者なのだろうか。


「……? おや、お目覚めですか?」


 こちらに気づいてくれた彼の声は、辰也が倒れる前に聞いた声と同じだった。

 すぐに、助けてくれたことを思い出しつつもゆっくりと壁に手をついて立ち上がった。


「ども。助けてくださってありがとうございました」
「いいえ。体調が落ち着いて何よりです。勝手に知り合いの診療所に連れていきましたが、やっぱり軽い熱中症だったようですよ?」
「あー……ほんとありがとうございました」
「ふふ。僕がたまたま近くにいただけですが。ところで、携帯の着信凄いですけど大丈夫ですか?」
「え?」


 言われてみると、座敷席の卓に置かれていたスマホの着信音に今気づいた。

 慌てて掴んで、時刻を確認したのだが。倒れてから二時間以上も経っていた。当然、心配されるレベルじゃないとすぐに電話に出て上司に謝罪と状況を説明する。

 すると、男性もひとこと告げたいから変わってくれないか、と言ったのでスマホを渡すと。

 彼の名前が香取かとりなのと。この店が楽庵と言う小料理屋なのを知った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】 「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。 しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!? 京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する! これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました! エブリスタにも掲載しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

癒しのあやかしBAR~あなたのお悩み解決します~

じゅん
キャラ文芸
【第6回「ほっこり・じんわり大賞」奨励賞 受賞👑】  ある日、半妖だと判明した女子大生の毬瑠子が、父親である美貌の吸血鬼が経営するバーでアルバイトをすることになり、困っているあやかしを助ける、ハートフルな連作短編。  人として生きてきた主人公が突如、吸血鬼として生きねばならなくなって戸惑うも、あやかしたちと過ごすうちに運命を受け入れる。そして、気づかなかった親との絆も知ることに――。

処理中です...