【完結】ホテルグルメはまかないさんから

櫛田こころ

文字の大きさ
上 下
88 / 192
第二十二章 小森の場合⑪

第4話『HMでカレーパン』③

しおりを挟む
 パン粉に少量の溶き卵を混ぜたものを菜箸につけ。

 油鍋になみなみと注がれている熱した油の中へ、箸先を少し沈める。

 揚げ物の温度をたしかめる方法のひとつ、食材を少量沈めて爆ぜることで具合を確かめるのだ。爆ぜ方はまずまずだったので、裕司ゆうじは空いている手でカレーパンを持つ。

 ゆっくり滑らせるように入れれば……少し大きな音を立てたので、洗い物をしているれいの肩が跳ね上がった。


「うぉ!? 近くで聞くとそんなおっきいんだ!!」

「業務用だともっと大きいぜよ?」

「うーん。社食でこもやんが作っているとこくらいだし」

「あそこは距離あるしねー」


 近すぎて、怜に怪我などは絶対させたくないが。

 温度……はほとんど目で観察している。温度計も一応あるが、山越やまこしが裕司に叩き込んでくれた料理人としての技術を普段から使わないわけにはいかない。

 もちろん、学校はフライヤーで設定温度は決められているし……就職先によっては勝手が違うのは当然だ。

 そのどれも間違いも正解もない。

 しかし、裕司は尊敬している山越が伝授してくれたこの三年間の技術を……出来れば無駄にしたくないのだ。だから、今日は自分の目で、感覚でカレーパンを揚げていく。

 練習も兼ねて、タイマーウォッチだけは使うことにしているが……それでも、タイマーが鳴るほぼ同じタイミングでひっくり返すことが出来た。


「おお!? 息ぴったし?」

「感覚だけだけどね? んで、同じ分数で裏面は揚げて」


 注意は膨らんで、もとの面に戻らないようにトングでときどき抑える程度。
 
 タイマーが鳴って、トングでしっかり持ち上げて油を切ったら網を置いたバットの上へ。他のカレーパンも同様に揚げていくのだが。


「…………こもやん」

「…………ダメとは言わんが」


 揚げたて出来立ての、カレーパンを食べたくて仕方がない表情をしていた。

 パン屋でもあまり出会うことのない、魅力的なことであるにしても……裕司としては、少しためらう。

 家庭の作り方とは言え、揚げ物の本当に揚げたては舌を火傷させるだけで済まないからだ。怜にそんな目に遭ってほしくない。

 しかし……目で訴えてくる表情がとても可愛らしく、折れたのは裕司だった。

 せめて、半分だと裕司はトングと包丁を使って切り分け……湯気が凄く出たのを見て、さらに怜ははしゃいだ。


「やや!! これはめちゃくちゃ美味しそうだ!!」

「……めっちゃ息吹きかけなよ?」

「だって……揚げたて」

「ま。わからんでもないけど」


 キッチンペーパーで軽く包んで、半分ずつ切ったカレーパンを乾杯のように軽く合わせ。

 一緒に食べた、ホットケーキミックスの生地で出来たカレーパンは……怜と一緒に作ったこともあり、今までで一番美味しく……けど、やっぱり軽く火傷してしまった幸せの味だった。


「……痛い」

「俺も……」


 熱々、ふわふわ、サクサクでかつスパイシーな味わい。

 あとで揚げたのは……味わうのに、適温に冷ましてからちゃんと美味しくいただく事が出来た。ホットケーキミックスの新しい可能性を見出せて、裕司はそれからネットを参考にしつつ色々試作する日々が続くことに。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

処理中です...