上 下
34 / 94

13-3.信じられない

しおりを挟む





 ★・☆・★





 信じられなかった。

 チェスト達へのポーションの納品をセリカに任せている間、俺様はランニングマシーンでウォーキングしながらも、ギルマスが告げた犯人のことで頭がいっぱいであった。


『あ、あ、く、クロームさん。お疲れ様です!』

『ちゅ、注文通りに、品物は届いています!』

『が、頑張ってください!』


 あの大人し過ぎるどころか、常に自信なさげのひ弱な男が。

 仕事はきっちりとこなしてくれてるので、俺様はチェスト以外に信用してた男の一人だったが。

 まさか、懸想してた女の関係で俺様を恨んでいたとは露知らず。

 ギルマスに聞かされなければ、俺様を亡き者にしようとしてただなんて知らなかった。

 それだけ、大人しく気弱で、犯罪を犯すことなどない奴だと思ってたからだ。だが、油断していた。そんな身近な奴が、犯人だったとは。

 ひとまず、おびき出して罪を認めさせるところまで計画することにはなったが。本当にうまく行くだろうか? あのギルマスだから、うまく行くと踏んではいるものの。


「マスター、アイスティーでも飲む?」


 考えにふけっていたらセリカが二人分の飲み物を持ってきた。


「む、まだ運動は終わっていないが」

「あんなにも落ち込んでたのに、気晴らしでやるのは良くない」

「……そう、かもしれないが」

「とりあえず、急いで痩せる心配はなくなったんだから。今日は休息日にしよう」

「……わかった」


 なので、マシーンを止めて。なんとなく床に座って二人でアイスティーをちびちびと飲んでいく。


「……マスター。聞いてもいい?」

「なんだ?」

「あのアークさんが言ってた、ビーツと言う男。マスターは信頼してたの?」

「……そうだな。信頼に近いくらい信用はしてた。慕ってくれてたと思っていたしな」


 初めて出会った時は、チェストに紹介された。

 気弱だが、仕事が出来るし研修で少し面倒を見てると言われた時。俺様のことは知ってたのか、少し顔を赤くして低姿勢で何度もお辞儀をしてきたが。


『び、ビーツ=エクリプス、です。よ、よよよ、よろしくお願いします!』


 ヒョロヒョロで、顔に似合わない大きめの眼鏡をかけていて。

 年よりも随分と幼く見えるが、俺様やチェスト、マールと同じ二十二歳らしい。

 眼鏡を取れば可愛く見えなくもないが、極度の近眼のためないと生活に支障をきたすそうだ。

 そして、意外にもチェストが言ってたように能力は高く、こちらが要求する品をすぐに用意してくれたりと。実は、シャインを作る素材を頼んだのも、ほとんどビーツに頼んだのだ。


「……その男に。記憶をいじられる前にすべて話したの?」

「どういじられたかは覚えていないが……だいたいのことを聞かれたので教えはしたな」

「……チェストさん達には?」

「お前を作る前には、少し話した程度だ」

「なら、エーテル生成液を売ったその男がやっぱり怪しい」

「だが、ビーツが好いていたと言う女など知らないぞ?」

「ん。元のマスターの姿であれば、言い寄る女が後をたたなかったとマールドゥさんに聞いていた。であれば、大勢の中の一人でしかない。マスターの性格から、忘れてても不自然じゃない」

「言いたい放題言うが……その、通りだ」


 言い寄るだけの女には興味はなかった。

 セリカのように、口出しする女など幼馴染みでマールだけだったが。あれは奴の性格を知っているから友人以上の関係にはならなかった。

 時折妬まれているとは聞いてはいたが、腕っ節がいいので追い払ってはいるとチェストから聞いてはいた。

 すべては、元の俺様の美貌のせいと、自意識過剰になっていたせいだが。気遣う気持ちが生まれたのは……今隣に座っている自ら生み出したホムンクルスのお陰だ。

 こんな俺様を元に戻してくれるくらいつきっきりで面倒を見てくれる存在など、他に知らない。あの幼馴染み達ですら諦めていたからな?


「けど。マスターが生命を失う前に気づけてよかった。それに、私を錬成したエーテル培養液に作り変えられた腕は間違いなくマスターの技術」

「……そう、だな。違法とは言え、お前を造れて良かったが」

「ん」

「こ、こら、頭を撫でるな!」

「ん、いつものマスター」

「……セリカ、おい!」


 なんだか、最近褒めるタイミングで俺様の髪をよく撫でてくるのだが。好いた存在にそう触られると鼓動が高鳴り、胸が熱くなってくる。

 いやではないのだが、少しこしょばゆい気持ちになる。


「強気なマスターが一番。エーテル培養液はまた新しく造れるんだから、マスターの錬成料理も美味しくなるかもしれない」

「……そう、だな。俺様の目標を忘れるところだった」

「ん。……やっぱり運動する?」

「そうだな。とりあえず、お前の手伝いをしよう」

「わかった」


 昼寝する気にもなれなかったので、ビーツのことを一旦忘れるためにセリカの家事を主に手伝って汗をかき。

 シャインにも事情を説明してから、セリカがまた食材を錬成して……だが、セリカが寝静まってから俺様はシャインの元に来て、久しぶりに錬成料理を作ることにした。


【よろしいのですか? 創造主】

「試してみたいのだ。作ってくれ」

【では、食材を管の中に】

「うむ」


 作るのは、セリカが最後に作ったのと同じチキンライス。

 材料は必要最低限に、すべて食べるわけでもないので極少量に。そして、30分後に完成してから取り出して、持ってきたスプーンですくって躊躇わずに口に入れた。


「…………マズい」


 セリカやチェストが口にしたのと同じように、味が薄くて美味しいとは思えない。

 俺様が正常になった証拠とはいえ、きっかけが特にない。あるとすれば、ビーツにいじられたらしい記憶。あれが鍵だったとしたら……。


「ビーツ……お前は、俺様を殺したいくらい憎んでいたのか?」


 俺様以外は味がしないと思い込んでた錬成料理で限界まで肥えさせて、死を迎えさせようとしていただなんて。まだ、少し信じられない部分はあるが、これで確定が出来た。

 ギルマスの『血の内部調査』で、誓いを口にされた直後に、頭に浮かんできたビーツとのやり取り。あれはたしか、ビーツがサービスで出してくれたコーヒーを飲んでいたところから始まった。


『じ、時間が少しかかりますので。どうぞ』

『おお。気が利くな?』

『い、いえ。け、研究うまく行くといいですね!』

『ああ』


 なんてことのないやり取り。

 いつもの会話と交渉。

 そう、いつも通りであった……のに、コーヒーに仕掛けがあるとは思わなかった。

 それほど、俺様があしらってきた女どもの中にいた奴の想い人に、ビーツの気持ちは傾きかけていたかもしれない。

 邪魔は直接していないようで、奴の心には寄り添わなかった、その女も女だが。

 今の俺様とて、気にかけてくれてるかわからないセリカに手を焼いているのも同じだ。


「……元の俺様に戻り、ひとまず謝罪はしよう」

【……しかし、創造主。理性を失いかけた人間が聞く耳を持つとは思えませんが】

「どのみち、俺様に不完全品を売った罪がある。捕まる直前に、とは無理だが。追い詰めたのは俺様に変わりない」

【……わかりました。我は稼働のままで】

「うむ。頼んだ」


 まだひと月以上はかかるが、その間にビーツが捕まろうがなんにしろ。俺様はまず、体を元に戻さなくては。

 目標が定まってから、残ったチキンライスをエーテル培養液の素材にさせて地下室から出ようとしたら。出口にセリカが座り込んでいた。


「……どこから聞いていた?」

「……マスターが、チキンライスを食べたところから」

「味覚も戻された。もうお前に不味い物は食わせない」

「そうじゃない。犯罪者にまで謝罪するだなんて、マスターは優し過ぎる」

「……お前と過ごしてきたせいもあるな」

「む。私はむしろ厳しくし過ぎてた」

「だが、無茶はさせないようにしてただろう? お前なりの気遣いだ」

「む」


 ぽんぽんと柔らかな髪を撫でてから、それぞれの寝室に戻り、とりあえず寝ることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...