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11-3.当主の懺悔

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 何故、いきなりエミになったのかはわからない。

 だが、エミは怒っているのがわかるくらい、彼女は冷たい表情をいつきに向けていたのだ。

 斎も、それがわかったのか、だんだんと顔を青ざめさせていく。笑也えみやと同じ年頃の女性なのに、まるでみのり以下の、学生くらいの子供みたいに。

 泣きそうな寸前で、エミの直視を耐えているようだが。穫にもどうしていいのかわからなかった。


「……お前は。分家の分家とはいえ、ひとりの少女の命を蔑ろにしかけた。それの自覚があって、先程の発言をしたのか?」


 いつものエミ・・でもエミ・・じゃない。天照大神あまてらすおおみかみ、そのものの風格。穫も穫で、あれだけ親しみの強くて優しい姉のような彼女のことが、だんだんと恐くなってきた。

 咲夜さくや達は、まだ出てこない。


「…………い……」


 斎が、エミの返答に、口を開いた。


「……は、い。その通りで、ございます」


 本当は俯きたいだろうに、エミの視線を逸らせられずに、彼女は目尻に溜まった涙を拭かずに言葉を続けたのだ。


「……だが。穫の祖母からの嘆願を断った。そして、我らが関与せねば穫は死んでいたかもしれない。その罪を、お前は背負ったまま……あの呪怨に立ち向かおうとしたのか?」


 さらにのしかかるエミの発言に、斎は次々に流れてくる涙をこれも拭かずに、こくりと小さく頷いた。


「……はい。口伝で……伝え聞いた呪怨の縛りを請け負うのは、我ら万乗ばんじょうでも本家の人間の務め。……だから、私ひとりの命で事足りれば……分家とて迷惑がかからないだろうと」


 だから、こんな深刻な状況になるまで自分ひとりで背負ってきたと。

 斎はそう言った。

 佐和さわが予測した二つの当主の心情。あれの後者に当てはまったのだ。


「……だが。実際の状況は変わった。十束とつかのつるぎが彼女に継承されてたと先に知っていたら、どうするつもりだった?」
「…………不躾ではありますが、彼女に当主の座を」
「いらないです!」
「……みのりん?」


 ここは、はっきり言うべきだと穫は斎の側まで歩み寄った。


「いらないです。私は今まで、視える以外は普通の一般人だったんですから。たしかに、生き霊や悪霊とかに狙われて大変な目には遭ってきました。でも、だからっていきなり偉い人になりたくなんてありません」


 まだ成人もしていないし、いきなり責任ある立場になる方が迷惑と言う本音もあるが。

 それまで、斎が考えてくれたことがあるのなら、それをきちんと祖母にも伝えられる。祖母の抱えてた苦しみが少しでも溶かせれたらそれでいい。

 あと、穫はひとりじゃないから。


「……い、い……の……?」


 斎は、ソファから崩れ落ちるように、ラグマットの上に座り込んだ。


「……わ、たし…………ひどいこと、したのに。……許して……くれるの…………?」
「許すのとは違います」
「……え?」


 穫もラグマットの上に膝をついて、斎の両手を握った。


「受け入れるだけです。今までのことは、なかったことには出来ません。でも、斎さんがそこまで言ってくださるんなら……私は今までの出来事も受け入れます」


 死にかけたことは、最近の呪怨の攻撃以外ではなかったが。失ってきたものもたくさんあった。友情も、恋も。

 そんな普通の女の子の幸せを、望んでいても出来なかったが。斎も、きっと同じだったかもしれない。

 でなければ、簡単に命を諦めることを口に出来ないからだ。

 斎は少し口をぽかんと開けていたが、視えるの言葉をよく理解しようとしているのか。だんだんと、涙の量が増えていった。


「……あ、りがと」


 そしてそこからは、堰を切ったように子供みたいに泣きじゃくってしまい。穫は彼女の手を離して、子供をあやすように抱きしめて頭を撫でてやったのだった。


「功労賞ものよ、みのりん?」


 エミも、もう怒っていないのかいつもの調子に戻っていた。


「今は、皆さんがいてくれるからです」


 斎が泣き止んだのは。

 たくみが佐和を連れてくるまで、ずっとだった。
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