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0-4.イタコのエミ
しおりを挟む「……作るって言っても、レトルトだけど」
教授に持たされた差し入れは、レトルトの甘口ポークカレーに少しお高いパックご飯だけ。
これだけで作るのはすごく簡単だが、穫は物足りないと思った。
実家の食堂で、まかないまでは作らせてもらってた経験上、従業員には美味しいご飯で英気を養ってもらいたい思いと、状況が凄く似てたからだが。
「お湯沸かしてる間に、冷蔵庫で材料探そう!」
ご飯はレンチンでもいいので後回し。
それから、穫は持ってる調理能力を活かして、レトルトやインスタントを含めた食材を使いつつも、キッチンで料理をする。
今は大学の距離を考えての一人暮らしだが、家事はずっとこなしてきた。他人のために作るのは、女子の友人以外ないが彼女達にも美味しいと言ってもらえた。
その言葉を信じ、挑むのみ。
「ポテサラとツナのパックがあったから、油切りしたツナとポテサラを合わせて」
加えてスープに、冷凍食品で揚げ焼きに出来そうなおかずを見つけたら、コンロで調理。
最後にご飯をレンチンして盛り付けた皿に、冷蔵庫でこれまた大量にストックしてあったシュレッドチーズをたっぷり乗せ、温めたカレーのルーを注ぐ。
「出来た!」
食べる相手が男だから、かなり多めに作ってしまったが残しても大丈夫なレパートリー。
さあ、今度はリビング掃除、と向かおうとしたらそこも功によって粗方片付けられていた。
風呂はシャワーで済まされたのか、達川笑也は新しい服を着たまま、ソファでうつ伏せに寝転がされている。
「お? 出来たんか?」
袋を縛り終えたところで、功が顔を上げてくれた。
穫が返事をすれば持ってくるように言われたので、あらかじめ準備しておいたトレーに全て乗せてゆっくりと持っていく。
「なんやなんや。教授の差し入れ以外にも、作ってくれたん?」
「カレーだけじゃ、お腹いっぱいにならないでしょうし……他の食材ももったいないかなって」
「……………………え、何。いい匂い」
ローテーブルに置く時に、ようやくメインの達川が目を覚ました。
適当に乾かされても癖っ毛は収まらなかったのか、顔を上げても前髪のせいで顔がよく見えなかった。
カレーの匂いにつられてこちらを見ると、穫を前にしてこてんと首を傾げた。
「…………えっと、君が功の言ってた依頼人?」
前髪越しに見えてるらしいが、穫からはやはり目元は見えない。
ただ、輪郭はほっそりしてるし口調も柔らかいから、優しい印象を持てた。
「はい。車谷教授からご連絡があったでしょうが、私が万乗穫です」
「ご丁寧にご挨拶ありがとう。お見苦しいとこ見せまくって申し訳ないけど、僕が達川笑也です。依頼はすぐに聞いてあげたいんだ、けど…………ご飯、冷めちゃう前に食べていい?」
「あ、はい」
やはり、腹の空き具合が我慢出来なかったのか、自己紹介が終わった途端、達川の腹の音が大きく部屋に響いた。
功は大袈裟なくらい肩を落としたが、早く食べろと促すように達川の頭を叩いた。
「よー噛んで味わうんやぞ? 女の子からの手料理ってそうそうないんやし」
「痛いって、功。あー……そう言えばそうだね」
少し間を置くのが気になったが、それから達川は功の心配をよそに行儀よく食事をしてくれた。
「え、チーズ? 教授から僕がチーズ大好きなの教えてもらってた?」
「い、いえ。冷蔵庫のストックにすっごくあったので……」
それと、穫も大好きだから、家でカレーを食べる時はよくやっていた。
あれだけチーズのストックがあったから、もしやと思ったのが功を成したようだ。達川は美味しい美味しいと言いながら、最後まで綺麗に食べてくれた。
「ご馳走さま。すっごく美味しかったよ、レトルトがメインでも僕じゃこんな美味しく作れないし」
「なら、本来の仕事もこなせや」
「それは、もちろん」
また功に軽く小突かれると、達川は食器のトレーを持ってキッチンの方へ行ってしまった。
「万乗さん、僕が戻って来てもあんまり驚かないでね?」
とも言い残して、行ってしまった。
何だろうと穫が首を傾げてると、ソファに腰掛けてた功が大笑いするのを堪え出した。
「ほんまに驚くけど、大声は出さん方がええなぁ?」
「え?」
「さっきまでの笑也。よう覚えとき」
それだけ言うと、片付けたリビングから発掘したテレビをつけてしまう。
何が起こるんだろうと思うも、穫も少しだけ勘が働いた。
こんな和んでしまったが、穫は達川に依頼をしに来たのだ。
自分自身の事について。
(教授に聞いた内容じゃ、達川さんなら一発だって)
それが本当ならば、どうしても縋り付きたかった。
ラグマットの上に座りながら、膝上で拳を握りしめていると何か温かいモノに包まれた。
「ダメよ。女の子がそんなきつーく拳なんて握りしめちゃ」
聞こえてきた声に顔を上げれば。
大きな黒い瞳と白い肌が美しい、黒髪の美人がいつの間にか穫の隣に座っていた。
「ど、どちら様で……?」
「んもう。見ててって言ったじゃない、あたしよ。あ・た・し」
「え、え?」
「エミ。それだけ言うても無理やろ」
功が呼んだエミと言う女性は、彼が声をかけても少し頬を膨らませるだけ。
「だってー、久しぶりに美味しいご飯食べさせてくれた相手でしょ? 御礼もちょっとしか言ってないのに、もう仕事だものー」
「せやかて、目の前で見したったら良かったやん。一度戻れば?」
「そうねー」
話がわからず、頭の中がはてなマークばかりになっていると、エミはすっと立ち上がって右手を自分の頭にかざした。
「くゆれ、くゆれ」
何のおまじない、と口にしかけたのを両手で塞いだ。
声を上げる寸前、エミの綺麗な髪が急に肩まで短くなり出したのだ。
それは体つきや、服、顔まで変わり。最後にはキッチンに消えたはずの達川が代わりに立っていたのだった。
「…………あー、やっぱり驚いた? 実は、あれも僕なんだ。『イタコ』としてのね」
エミと達川が同一人物。
女装とか、そんな変装術どころじゃない不可思議な現象。
たしかに、教授がこの人を頼れと言った意味が少しだけ理解出来た。
そして、同時に決意した。彼になら、穫の体質と周辺で起きる怪異について話せると。
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