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第87話 良き父親

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 ふむ、やはり。

 涼太りょうたも成長したのじゃな。

 あちきの前で泣いただけの鼻垂れ小僧では……もうないのじゃ。子を持つ『親』として、一家の長としての今がある。

 故に、あちきと桜乃さくのの今の関係が気になってもおかしくはない。嫁の方はわからぬが、此奴はあちきに立ち向かおうとしているのじゃ。

 知らぬ存在に等しかったあちきを、娘には良くない存在だと本能的に察知したのかもしれん。

 段蔵だんぞうの息子ではあるが、親があやつでも此奴は全く別の存在じゃ。桜乃のためを思い、しばらく様子見はしていたじゃろうが……もう我慢の限界だったかもしれぬ。

 だから、今日は思い切って来たのじゃろう。


『……ふむ。そちは、今のあちきをどう思う?』


 遠回しに問いかけたが、まずはその気持ちを確かめたかった。

 一瞬怯んだようにも見えたが、若い頃の段蔵の面影を残した風貌は、しっかりとあちきと見合った。


「…………桜乃にとっては、いい存在かもしれないですね。でも、親としてはあなたをまだ信頼出来ない」

『ふふ。あちきを昔は怖いと感じたからかえ? 桜乃もここに来た最初はそうじゃったぞ?』

「……それなのに。あなたと一緒に?」

『応。あの子は聡い。段蔵の手助けもあったが……パン作りへの意欲は人一倍強い。そちの跡目を継ぐ覚悟はとっくに出来ておる』

「……店へのしがらみを感じているわけでもなく?」

『本心じゃった。じゃから……あちきともずっと居たいとも言ってくれた』


 このような形で、涼太に告げるのは本意ではなかったが。

 じゃが、恐怖を持ったまま訪れた此奴には……知っておいた方が良いじゃろう。段蔵が説明したところで、納得するとは思えん。

 だからこそ……桜乃の思いを少しでも知ってほしかった。


「……だから。あんなにも素直なパンを」


 いくらか心に届いたのか、涼太は安心したようなため息を吐いた。

 やはり、料理人故に食べ物で相手の心を理解しておったようじゃ。


『桜乃の心がわかったかえ?』

「下手すれば俺以上。親父が手助けしてても、あんなにも気持ちが伝わりやすいパンは作れません」

『できればこれからも……あの子の思うままに過ごさせておくれ』

「……はい。俺が知っていることはしばらく秘密にしててください」

『告げぬのか?』

「桜乃から打ち明けてくれるのを待ちます」

『ほうかえ』


 月日が巡ったおかげと言うものか。

 良き、父親になったものよ。
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