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第三章

《油断 10》

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「……何しに来た。」

 滑るように走るカルムだったが、ずっと彼について行く気配があった。
 それはよく知ったものだったので、始めは無視していた。
 だけど、セイラからだいぶ離れた瞬間に彼は声をかけた。

『ああ、何だちゃんと気づいていやがったのかよ。』
「当たり前だ。」
『ふーん。』

 ザッと音を立て、カルムは立ち止まる。

「何をしに来た、ヒエン。」
『お姫をあそこまでボロボロにした奴なんだぞ、てめぇ一人でやれるというのか?』
「やれる。」
『へぇ?』

 ニヤリと笑った緋焔は無数の火の玉をそのままカルムに向ける。
 そして、大きな爆風がその場に広がる。

『……。』

 緋焔は詰まらそうな顔をしていたが、すぐにその口角は吊り上がる。

『へぇ?』

 ザンという音を立て、先ほど緋焔がいた場所に白刃が一閃する。

『全部切りやがった。』
「これくらいは遊びだろうが。」
『……………合格だ。』
「……。」

 カルムは緋焔の言葉が分からず顔を顰める。

『お前なら使いこなせるかもしれねぇな。』
「何の話だ。」
『オレらもさ正直怒っているんだよな。』
「……。」
『オレたちのお姫をボロボロにしてそんでもって何の罰も与えないなんてありえねぇだろう。』
「……そうか。」

 カルムも緋焔が怒っている事をようやく悟る。

『だけど、オレたちは直接誰かを傷つける事は出来ない。
 世界の理があるからな。
 だが、抜け道と言うものがあってな。
 『代行者』と言うものを立てられるんだよ。
 まあ、それでも、色んな条件があるんだが、てめぇはその範囲内に入っている。
 駄目なポイントはお前の年齢、経験不足があげられるが、それ以外の所は合格圏内だ。
 お前が望むのならオレの力を貸してやる。』
「……。」

 正直カルムは緋焔の言っている事の半分も理解できなかった。
 だけど、分かる事はある。
 緋焔が自分を認めてくれている。
 そして、力を貸すと言ってくれている。
 だけど、カルムはそれを即答する事は出来ない。
 母にも言われるがただより高い物はない。
 条件があるかもしれないから、慎重になれと。

「あいつを守る力は欲しい。
 だけど、怪しい取引はしてくねぇな。
 幾ら精霊王といえど、そう簡単に返事はしたくねぇ。」
『慎重な事だな。』

 意外だとその顔に出ている。

「親父があんなんだからな。」
『そうか。』
「今回は大丈夫だ。
 もっとちゃんとした場で話を聞く。
 だから、保留だ。」
『……今回限りの取引だと言ったら?』
「別にそれはそれでいい。
 本来ならば俺の力じゃないからな。
 もっと努力してそれと同等の力を付ける。」
『そうか。』

 緋焔はどこか嬉しそうな顔をしている。

『まあ、側に居てやるから、負けた時は、お姫の所までは連れて帰ってやるから安心しろよ。』
「そうならねぇよ。」

 カルムは構えていた剣を仕舞う。

「俺はあいつを守る剣だ。
 絶対に折れる事はない。
 それが…………俺の一族の信念だ。」
『…………………そうか、てめぇはあの一族出身だったな。』

 緋焔は見た。
 カルムの紅の瞳が金色に一瞬代わった事を。
 それは彼の一族の特徴だった。
 その一族はただ一人に忠誠を誓う。
 そして、その一人を失うと死んでしまう。
 だから、その目覚めたものは人間の上限を超えやすくなる。
 ただし、その代償は大きい。
 短命の一族ともいわれる彼の一族。
 それがカルムの中に流れる血の中に眠っていたのだ。
 そして、それが開花されかけていた。
 守りたい存在(セイラ)と出会った時から徐々に…。
 だけど、それはまだ蕾。
 完全に開花はしていなかった。
 まだカルムは未熟な存在だった。

『死にてぇのか?』
「まさか。」

 緋焔の言葉にカルムは笑う。
 その笑みは恐れを知らない笑みだった。

「セイラが生きているんだ、俺は死なない。
 そして、俺が生きている間に、あいつを死なせない。」
『心中でもするのか?』
「する訳ないだろう。」

 緋焔の言葉にカルムは彼を睨む。

『だったら。』
「老衰で死ぬのが一番だな。」
『……。』
「守れなくて死なせるなんてそんな事はぜってぇもう二度とさせない。」
『……二度と?』
「無駄口はここまでだ、行くぞ。」

 緋焔の呟きにも似た言葉はカルムの耳に届かなかったのか、彼はそのまま地面を蹴った。
 緋焔は顔を顰めるが、これ以上彼に問う事は出来ないだろうと分かり、そのままカルムを追う。
 緋焔はこの時はこの子どもを侮っていた。
 まさか、この子どもがあんな力を秘めているとは想像もしていなかった。
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